お花見に行くタイミングを逃してしまったので、図書館へ本の返却に行く道すがら、ちょっと回り道して近所の公園に寄りました。
今日いっぱいが満開ギリギリかなという感じでしたが、かろうじてお花見らしく鑑賞してきました。
昼下がりで子ども達がボールを蹴ったり砂遊びしたり、の~んびりした空気がまたよかったです。
あと一週間もすれば大学も新学期。
私にとっては最後の勤務年度でもあり、少しばかり感慨深く、また身の引き締まる新学期スタートになりそうです。就労規則の改変移行期と重なったこともあって長期の就労となりました。22年間、今や最長老(?)と思います。
お荷物にならぬよう、しっかり「立つ鳥跡を濁さず」をめざしてがんばりたいと思います。
そのためにも健康管理ですね。
先日、何でもない所でコケて「えー?なんで?!」っと、自分でもビックリしたので、まず足腰を鍛えねば。。。^^;
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2週間ほど前の写真です。
区役所脇のスペースは満開の菜の花。
区のシンボル花なのだそうです。
今や季節はすでに桜。
しかも、そろそろ満開の頃ですね。
政治や社会の変化の激しさに翻弄されそうになりながらも、せめて自分の立ち位置は確保したいと抗っているうちに、季節までもが駆け足で移り変わっていくように感じられてしまいます。
国会前や全国の駅頭で繰り広げられる戦争反対のデモやアピールの広がりは、声の切実さが身に迫り、
ここまで状況が危険水域に達していること自体、信じられない思いです。
物心ついた頃から平和憲法に守られ、平和な状態がこのまま続いていくものと思い、次世代もその先までも平和が崩されることなく維持されると思っていました。そのための個人的な努力もそれなりにしてきたつもりではあるけれど、それらは個人の描いた単なる夢であったようです。
こんなに急激に壊されるべく、長年にわたり広く周到に用意されてきた悪意の結果が今の状況であると知った衝撃は小さくありません。
とは言え、このまま黙っているわけにはいきません。
非力ではあるけれど抗い続けます。
自分なりの方法で自分の生活も大事にしながら。
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★ ★ ★ ★ ★
“ 目は見るため、太陽を見るため、
舌は挨拶するため、楽しさを言うため、
足はゆっくり歩くため、そして走るため、
手は友達と握手するため、銃を撃つためではなく”
ガザでイスラエル軍によって殺された9歳のファテマ・サイダムくんが書いた詩。
a poem written by 9-year-old Fatema Saidam, a child killed in Gaza by Israeli forces.
“Eyes are for looking and seeing sun,
Tongues are for greeting and saying fun,
Legs are for walking slowly and also run,
Hands are for shaking with friends, not for shooting gun.”
★ ★ ★ ★ ★
SNSでタイムラインに流れてきて出合った詩です。しばらくの間、私は時が止まったように感じ、思考停止状態に陥りました。短い中にたくさんのメッセージが込められていて、抱えきれずに私の腕からこぼれ落ちていくかのようでした。みずみずしい感性と幼いながらも人間信頼に裏打ちされた洞察力、生きていたらどんな若者に育ち、どんな人生を送っていったのでしょうか?
この時代に生きる大人の一人として申し訳なく思います。この現状に対して、無力感に潰されて諦めるのも違うし、自分なりに何かほんのわずかでもできる事を探して行動し続けること、これに尽きるのかなと。
極限の悲惨な状況下にあってなお、Fatema Saidamくんの詩に込められた人への信頼と希望に励まされながら、静かに心に刻んだ年頭でした。
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遅い秋の訪れで、やっとキャンパスの銀杏並木が金色に染まっています。今年も残り少なくなってきましたね。
今日はなんとなくこのバラの写真を上げたくなりました。
なぜかな?
水彩画は澤田嘉郎先生の個展で求めたもの。絵を購入したのは生まれて初めて。いつだったかこのブログにも書きましたっけ?
本物の絵はインパクトがあるので部屋の中で浮いてしまわないか心配したのですが、そんなことは全然なくて、届いたその日からしっくり部屋に馴染んで、先生の人柄そのもののように優しく温かな雰囲気を作ってくれています。で、絵に触発されて黄色の薔薇を1本だけ買いに行って一緒にパチリ!
★ ★ ★
今、世界には戦争・紛争・ジェノサイド等による悲惨な現状が存在します。インターネットの普及でそれらは瞬時に手に取るように身近な情報として存在するようになりました。見なければ、避けていれば、知らずにすむのかもしれません。でも、性格上それができない私は、同じ地球上で起きていることをちゃんと知っておきたいと思ってしまうのです。もしかしたら気づかないうちに加害の側に回っていないか、私の安泰な生活が誰かの犠牲の上に成り立っていないかと気になって、知っておきたいと思ってしまうのです。
目を背けず自分にできることを微力でもやっていかれれば・・・。でも、過酷な現状を見たり聞いたりするのは辛いのも確か。なので、無理せず自分の生活も大切にしつつ、ほんの少しでも寄付したり、ネットで有用と思われる情報を拡散したり・・・。そんなことしかできないけれど、本当にわずかではあるけれど、目をつむらずに過ごせたらと思っています。
社会全体がギスギスとして排外的になっているのも見過ごせません。
誰もが安心して生きられる社会、生まれてきて良かったと思える社会、そのための貧者の一灯でありたい。
黄色のバラはこんな私を心から和ませてくれるのです。
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ほんの少しずつ秋らしくなってきましたね。
と思ったら昨日のゲリラ豪雨。東京は床上浸水の地域もあったとか。気象条件や土地の条件によってはいつどこで同様のことが起こらないとも限らず、これからは防災情報や対処のスキルも身につける必要があるのかもしれませんね。やれやれ^^;。
とにかくこの夏は、猛暑の中をどう無事に過ごすか、結構そのことに心身を消耗した気がします。年々夏が厳しくなっていきますね。
そんな中でも、いつも通り街路樹のサルスベリは元気でした。
青空をバックにした鮮やかな紅色は、暑い日にこそふさわしく元気の出る花のように思います。サルスベリが並んだ歩道では足取りも軽くなるようで……。私の中では欠かせない夏の風物詩の一つになっています。(7月下旬ごろ撮影)
ちょっと前はお米騒動で大変でしたが、近所の畑では順調にお米が育っています。(8月撮影)
昨日、買い物帰りに見たこの畑は、写真よりもさらに一面黄金色に変わっていました。稲穂がふか~~く頭を垂れていて「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の諺そのものでした。
収穫の時も間近です!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さて、来週から大学も始まります。
人の世も自然界も、今年の秋はどんなふうに変化していくのでしょうか。
世の中あまりにも変化があり過ぎて、最近ついて行くのが大変だなぁと思う後期高齢者です。
瞑想と、深呼吸と、楽しむことを忘れずに、ボチボチやりますか。。。
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