セレニティカウンセリングルーム

木陰を歩きながら

連日35度を超す猛暑でいささかバテ気味です。
まだ夏は半ば、これから8月が始まろうとしている時点でこれです。

10分も歩くと息苦しくなり、水分を補給しつつ歩かないと危険。
というほどの暑さです。
そんなとき、ほんの少しでも木陰があるとほんとうに救われます。
決して誇張でなく、砂漠のオアシスに匹敵するくらいありがたく思えます。

であるにもかかわらず、、、

都内の大きな公園では、重機を使って大木が次々に切り倒されており、映像や写真でそれを目にするたびに、自分が痛めつけられているような辛さを感じてしまい、なぜこのような政策がとられるのだろうと思わずにいられません。

東京の場合、先人が100年先を見越して創った都市計画。その一つには100年後の森を想定して樹木を計画的に配置した公園設計があり、その先見性には深く敬服します。そんな公園の一つである日比谷公園ですが、今春から見る影もなく樹木は切られ、設計者の意図は見事に踏みにじられてしまいました。

夢の島海浜公園も、ようやく森として豊かな自然が育ってきてこれからその成果を大いに享受できるというときに、再開発の名目であっさりと重機が入り、樹木は切られてしまいました。

「なんともったいないことをするのだろう!」と思い、本当に残念でなりません。

一抱えもある幹の太さに育つまでには、何十年、いや百年単位の年月が必要です。
木陰は日射しを遮る傘の役割だけでなく、吹き抜ける風の温度までも下げてくれます。

実際、樹木があちこちに植えられた公園の中を横切ると、木陰と日向ではただ歩くだけでも明らかな温度差を感じることができます。樹木の間を渡ってくる風の涼しさは、たとえほんの一瞬でも、本当にありがたいものです。自然のクーラーです。

暑さが年々厳しくなる中で、樹木という自然のクーラーの有り難さをもっと真剣に検討してほしい。街路樹の陰を辿って歩きつつ、そんなことを思ったのでした。

ずっと大好きな日本国憲法

ご無沙汰しています。
すでに日射しは夏の暑さですが、皆さんお変わりありませんか?
台風が近づいているとも聞きますし、しばらくすると梅雨入りですね。季節の移り変わりをゆっくり楽しむ間もなく、アッという間に今年も半分が過ぎようとしています。


最近ずっと心を曇らせることが続いていて、思い返すたびに憂鬱な気持ちになります。実は私、中学の時に初めて日本国憲法を授業で習って以来の、憲法大好き人間なのです。中でも憲法前文が大好きで、当時授業で丸暗記させられて苦労したものの、「なんて素晴らしいことが書いてあるのだろう!」とその内容の素晴らしさに驚くと同時に、初めて愛国心なるものを感じた気がして、以来大ファンなのです。日本て良い国だな~って。

もちろん、コトはそんなに単純ではないのはわかりますが、前文に掲げられた理念の崇高さは生きる指針と希望を抱かせる内容で、現実がそうでないからこそ掲げて目標とする意味が生まれるのだと確信します。前文の内容は、世界中を巻き込んだ悲惨な戦争の果てに生み出された、人類の英知の結晶と言えるほど、現実を見すえた深い洞察と人間愛に満ちています。

その憲法に対して急速かつ強引な改憲の流れが生まれています。
80年も経って古いから変える?とんでもない!
アメリカの研究者グループの発表では、世界の憲法を採点すると日本の憲法はどの分野でも抜きん出ていて、総合的に最高得点を獲得するくらい優秀な憲法なのです。

生まれは古くても中身は最新なのです!
これを手放したら、後にも先にも世界中どこであっても、二度と手に入らないくらい優秀な憲法だということは忘れないでおきたいものです。

しかも、今言われている改憲は新しくするどころか戦前、いやもっと古く明治憲法の時代に戻すような時代錯誤の内容で、とても受け入れられません。

そうなったら本当に悲しいし、日常も悲惨でしかありません。
そうなったら子や孫やその先の世代にも本当に申し訳ないと思います。私達世代は不十分ではあっても憲法の精神が生きていた時期を過ごさせてもらっていながら、残していくのは武器を売って儲ける好戦的な国というのでは悲しすぎます。

暗い話になってしまいましたが、しかし希望もあります。若い人、特に女性達がこの危機的な状況に声を上げてくれているのが本当に心強く嬉しいです。ありがたく思います。しかも緩く楽しい企画もあったりで、新しいデモのやり方もいいなと思います。私も一度だけ地元の集会に参加してコーラーに合わせて声を上げてきました。日頃思っていたことを大声で発散できてすご~くスッキリしました。

以前のようにフットワーク軽くデモや国会の傍聴に行けないけれど、自分のできることを少しでもやれたらなと思っています。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して我が国の安全と生存を保持しようと決意した」T首相が真っ先に削除したいくらい嫌いだというこの文言。実は私が一番好きなフレーズの一つなんです。

人間への限りない信頼がにじみ出た言葉で、筆舌に尽くしがたい体験をした人類が、最後に現在と後世の人々に託した希望の言葉のように思えます。涙が出るくらい胸に響きます。

それを憎み、壊そうとする最高権力者の手からただただ守りたい。
考えると憂鬱ではあるけれど、頑張ります!

最終年度のスタート

お花見に行くタイミングを逃してしまったので、図書館へ本の返却に行く道すがら、ちょっと回り道して近所の公園に寄りました。

今日いっぱいが満開ギリギリかなという感じでしたが、かろうじてお花見らしく鑑賞してきました。

昼下がりで子ども達がボールを蹴ったり砂遊びしたり、の~んびりした空気がまたよかったです。

あと一週間もすれば大学も新学期。
私にとっては最後の勤務年度でもあり、少しばかり感慨深く、また身の引き締まる新学期スタートになりそうです。就労規則の改変移行期と重なったこともあって長期の就労となりました。22年間、今や最長老(?)と思います。

お荷物にならぬよう、しっかり「立つ鳥跡を濁さず」をめざしてがんばりたいと思います。
そのためにも健康管理ですね。
先日、何でもない所でコケて「えー?なんで?!」っと、自分でもビックリしたので、まず足腰を鍛えねば。。。^^; 

 

 

季節はのどかな春だけれど

2週間ほど前の写真です。
区役所脇のスペースは満開の菜の花。
区のシンボル花なのだそうです。

今や季節はすでに桜。
しかも、そろそろ満開の頃ですね。

政治や社会の変化の激しさに翻弄されそうになりながらも、せめて自分の立ち位置は確保したいと抗っているうちに、季節までもが駆け足で移り変わっていくように感じられてしまいます。

国会前や全国の駅頭で繰り広げられる戦争反対のデモやアピールの広がりは、声の切実さが身に迫り、

ここまで状況が危険水域に達していること自体、信じられない思いです。

物心ついた頃から平和憲法に守られ、平和な状態がこのまま続いていくものと思い、次世代もその先までも平和が崩されることなく維持されると思っていました。そのための個人的な努力もそれなりにしてきたつもりではあるけれど、それらは個人の描いた単なる夢であったようです。

こんなに急激に壊されるべく、長年にわたり広く周到に用意されてきた悪意の結果が今の状況であると知った衝撃は小さくありません。

とは言え、このまま黙っているわけにはいきません。
非力ではあるけれど抗い続けます。
自分なりの方法で自分の生活も大事にしながら。

 

 

 

ガザの少年の詩に出合って

 

 

 

 

 

 

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“ 目は見るため、太陽を見るため、
舌は挨拶するため、楽しさを言うため、
足はゆっくり歩くため、そして走るため、
手は友達と握手するため、銃を撃つためではなく”

ガザでイスラエル軍によって殺された9歳のファテマ・サイダムくんが書いた詩。

 

a poem written by 9-year-old Fatema Saidam, a child killed in Gaza by Israeli forces.

“Eyes are for looking and seeing sun,
Tongues are for greeting and saying fun,
Legs are for walking slowly and also run,
Hands are for shaking with friends, not for shooting gun.”

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SNSでタイムラインに流れてきて出合った詩です。しばらくの間、私は時が止まったように感じ、思考停止状態に陥りました。短い中にたくさんのメッセージが込められていて、抱えきれずに私の腕からこぼれ落ちていくかのようでした。みずみずしい感性と幼いながらも人間信頼に裏打ちされた洞察力、生きていたらどんな若者に育ち、どんな人生を送っていったのでしょうか?

この時代に生きる大人の一人として申し訳なく思います。この現状に対して、無力感に潰されて諦めるのも違うし、自分なりに何かほんのわずかでもできる事を探して行動し続けること、これに尽きるのかなと。

極限の悲惨な状況下にあってなお、Fatema Saidamくんの詩に込められた人への信頼と希望に励まされながら、静かに心に刻んだ年頭でした。