セレニティカウンセリングルーム

カテゴリー 『 雑感 』

絵本の並べ方

ある図書館でのことです。

児童書のコーナーに行き、絵本の棚から一冊抜き出そうとしました。

ところがどうでしょう、隙間なくギッシリ並べられた絵本はとても片手で簡単には引き出せません。一方の手で本と本の間を押し広げて、やっと一冊抜き出すことができました。戻すのもたいへん。さっきと逆に、本の間を押し広げて、間にねじこむように戻さなくてはなりません。

ここは絵本の棚です。子どもの目線の低い位置に作られた棚です。その棚がこんなにギッチリなんです。
おとなの私でさえそうなのですから、子どもがサッと引き出すのはとても無理でしょう。

おまけに、絵本は表紙を見て選ぶことも多いのに、ビッシリ並んでいては背のタイトルしか見えませんし…。

その日は平日の午後早い時間でした。
もっと混んでいると思って覚悟して行ったのですが、拍子抜けするくらいガランとしていました。3歳くらいの女の子とお父さんが一組だけ。

でも、なんだか理由がわかった気がしました。

パラパラとめくって楽しめる絵本。
字が読めなくても、手に取りたくなる本。
何となく手にした絵本がお気に入りの一冊になることもあります。
たまたま手にした一冊が面白かったからという理由で、図書館通いが始まることだって…。

キッカケなんて案外単純なものかもしれません。
それには気軽に手に取れること、これがまず第一。
簡単に抜き出せないほどギッシリ並んだ絵本では、そんな楽しみから遠ざかってしまいそうです。

子どもに歓迎されていないのは、こんなちょっとしたことが原因なのかもしれないと思いました。

いや、でも、よーく考えてみたら、これってちょっとしたこと?些細なことなのでしょうか?

当の子どもにとっては些細なことなんかではなくて、もしかしたら、一番大事なことかもしれません。だって、
「物理的に」手に取りやすいかどうか、ですから…。並べ方一つで、利用しやすいかどうか、何度も通いたくなるかどうか、決まってくるのかもしれませんね。

一年で一番暑い日

今日は、今年最高の暑さだったそうです。熊谷では40.9度といますから、この辺でも38度くらいあったのでしょうか。

ちょうど最高気温をマークした時間帯に、よりにもよって、図書館に向かっていました(片道25分)。歩いている途中で「光化学スモッグ注意報が発令されました」と聞こえてきました。

気温が40度近いと、ただ歩いているだけでも疲れます。さすがにペットボトルと日傘は持って行きましたけど、途中で引き返そうかと思ったくらいでした。

確かに用事はあったのですが、あと数日すれば少し涼しくなったというのに、…それなのに、一年で一番暑い日の、しかも一番暑い時間帯にテクテク歩いているなんて!

そう言えば思い出します。

「絶対に混んだ日には行かないぞ」
と決めていたにもかかわらず、今夏一番の混雑という豊島園のプールに行ったり…。筑波万博に行って家族でグッタリして帰ってきたら、その日が最高の入場者数だったとか…。

という泣き笑いのエピソードもいろいろ。

何はともあれ、暑さもこの辺がピークの模様。残暑をうまくのりきって元気で過ごしましょう。

席を譲った時どこに立つ?

新聞の投書欄に中学生(男子)のこんな投書(大意)が載っていた。

「電車で人に席を譲るのはとても勇気がいるけれど、できるだけそうするようにしている。しかし席を替わってあげた後で、何だか落ち着かなかった。そこで、目の前に立つと、座った人も居心地が悪いと思うので、席を替わったら離れた場所へ行って立っていることにしようと思った。」

とても気持ちの優しい中学生だなあと感心した。それに、相手を思いやる細やかな気遣いにも感心する。最近は、こうした若者達の気遣いが少なくないように思う。彼らはとても優しく、繊細なのだ。

感心する一方、「でも~」っと私は考えてしまった。

そんなに気にしなくてもいいのでは?
<席を替わってあげたかったから、替わってあげた>ということでいいと思う。

こちらが自然に振る舞えば、相手の人もきっと気にせずに座ってくれるはず。

相手が「立たせてしまって悪いな」と負担に思っているに違いない、というのが中学生の気持ちの前提にあるから、自分が目の前に立っているときっと居心地が悪いだろう、と気遣ってしまったに違いない。

目の前に立っていてもいいと思う。「自分が替わってあげたくてやったことだから、自分にとって、立っていることは負担でも何でもない」と思って、立っていればいいのだ。自然な振る舞いは、相手に無用な気遣いをさせないですむ。

それに・・・、昔、こんな事があったのを思い出した。

小学生の息子が夏休みに一人で、私鉄のスタンプラリーに出かけていった時のこと。

「(電車で)席を替わってあげたら、おばあさんに話しかけられちゃった。いろんなこと話して仲良くなっちゃった!」と嬉しそうに帰ってきたことがある。

そんな人とのふれあいも悪くないと思う。新聞記事の中学生も、座席の前に立っていたらお年寄りと話をする機会があったかもしれない。もっとも、中学生ともなると、小学生とは違って、話しかけられるとよけいに照れてくさいかも。
ということで、やっぱり離れた所に立つことになるのかな…?? ^^;

季節の仕事(植物の世話)

今日も暑い一日でした。
あんまり暑いので、いっそデスクワークよりも、汗をかく仕事をしようと、午後は日頃放りっぱなしの観葉植物の植え替えや、鉢植えの世話をすることにしました。

実は、6月頃から、伸び放題の葉や茎が気がかりでしかたなかったのです。が、ついつい後回しになっていたのです。観念して、どうせ暑いのなら、この際と…。

ところが、いざベランダで始めてみると、その暑いこと、暑いこと…!熱中症でダウン、なんていうのもわかる気がしました。なにしろ、日陰にいてさえジリジリと焼けつくようでしたから。

何度も部屋に戻っては、水分を補給しつつ、ようやく夕方には大半が終わって、やっと少しホッとしました(どうせやるなら、涼しいうちにやればいいのにと言われそうですね)。

何しろ生き物は待ってくれませんから。特に夏場はドンドン成長します。冬の寒さに備えて今のうちに成長して、養分を蓄えるのでしょうね。

そんな植物に合わせていると、こちらも自然に動かなければなりません。おかげで、久しぶりに大汗をかきました。終わったら爽快そのもの、「夏」を実感!

そう言えば、夏にエアコンの効いた所にばかりいるのは、体によくないといいます。夏に汗をかくことで、秋から冬に向けての季節の変化に、自然に体が順応していくようになるのだとか。

仕方なしに始めた鉢植えの手入れでしたが、おかげで気分爽快。なるほど、生き物を相手にしていると、こちらも自然に四季のサイクルにあった暮らし方をさせられて、心身共に健康になるというわけですね。

ともあれ、これでしばらくは、植物たちも安泰です!

植物の育て方に学ぶ

テレビの園芸番組を見ていたときのこと。画面は北海道の夏の庭園を映している。庭園に咲いたハマナスの花の濃いピンク色がみずみずしい。

番組案内役の園芸家の柳生さんが、感心したようにハマナスの葉っぱを手にとって言う。

「ウチで植えているのより葉っぱが小さいなあ。ウチのは手を掛け過ぎなのかもしれない。ここのは葉っぱが小さくて、その分こんなに花の色が濃いでしょう?」

肥料・水・土など、生育条件を人間が整えてやりすぎると花よりも葉っぱが立派になる。花や種が立派に育つには、必死に子孫を残そうとする植物自身のエネルギーが必要だからだ。条件が整い過ぎると、植物はがんばる必要がない。

「ウチのハマナスは育てているっていう感じだけど、ここのは育てられているんじゃなくて、自分で生きているっていう感じだ。」

いっぽう、シバザクラを育てているおじいさん、手入れのコツを柳生さんに聞かれてこんなふうに答えた。

「いつも畑を見回って、よく見てやることが大事。愛情持ってみてやるちゅうことかなあ。」

植物も人間も、何だか似ている。
いつも見守っていながら、しかし、手を掛けすぎない。

その、どこまで手を掛けるか、掛けないか、<頃合い>が難しい。