先日、新聞の投書欄に次のような記事が載っていました。
80代のお年寄りの元へ、市役所の高齢福祉課から「生活機能評価」という調査票が届いたそうです。その中に「あなたは、世の中の役に立っていると思いますか」という項目があったそうです。
この方は、体調が悪く、地域の役員も断ってしまっているし、特にボランティアもしていないので、「役に立っていない」に印を付けて提出したそうです。以来、「役に立つとはどういうことか」ということを考え続けていると…。
それにしても、すごい質問があるものだと絶句しました。もし私がこの質問をされたなら、なんて応えたらよいのでしょう。
「私は役に立っているかしら?」もし、役に立っていないと思ったら、そんな自分に対して、何をどうすればよいのでしょう。
「もっとしっかり世の中のためになることをしなさい」という意味なのでしょうか?それは、お年寄りに向けて、「もっと働け」という意味なのでしょうか?高齢で、身体の具合が悪くても、まだ働けと?
この投書の主も書かれています。
役に立つとはそもそもどういうことをいうのでしょう。
人の価値には、何かが出来るとかではなく、その人の存在そのものが価値であることだっていっぱいあります。むしろ、人間の価値というか存在意義とは、本来そういうものではないのでしょうか。
役に立つとか立たないとか、また、役に立つとはどういうことか、この質問の意味は、今でも私にはよくわかりません。
赤ちゃんの笑顔は役に立ちませんか?
病気でも、
歳をとっても、
働けなくても、
たとえ寝たきりだったとしも、
その人がいることで周囲が支えられ、生きる意欲をもらえることはありませんか?
質問を作った人に訊いてみたくなりました。
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今から10年位前に17才の少年犯罪が多発し、社会問題化した時期がありました。先日、その頃に読んだ一冊を読み返す機会があったのですが、問題の指摘はそっくりそのまま今に通じるので、ちょっとビックリしました。少しも古びていません。でも、こういうことで鮮度が落ちないなんていう現状は、ちっとも喜べませんね、少し長いですが、引用します。
『「親が子どもにしてやれることは何だろう」と考えたときに、思い浮かべるのが学歴である。しかし学歴を与えれば一生安泰かと言えば、そのようにはだれも信じていない。信じていないが、親としてやれるのはそれくらいしかない、といまだ学校ブランドにすがっている現状が、近代化を達成した日本の親の姿でもある。
だが子どもは砂をかむようなつらさや、虚しさを抱えているのだ。
「みんなと同じにしていなさい」と「個性を発揮しなさい」。
「とりあえずいい大学に入りなさい」と「いい大学に入っても先行きは分からない」。
こうした相反するメッセージに縛られて、子どもは身動きがとれない。子どもは二つのメッセージに引き裂かれている。子どもは学校に行く意味を探っているのだ。
なぜ、学校に行くのか。その問いに対して、経済成長を目指して走る中で、大人は「大学に行ってから考えなさい」という先延ばし論でごまかしてきたが、もはや近代化が達成された段階では、ごまかせなくなった。』
不登校、学級崩壊などの問題も、なぜ学校に行くのかという子ども達の問いを含んでいると、著者は指摘します。
そして、「不登校は逃げだ」と言われるが、
『問題の所在は子どもにあるのではなく、大人の側にある。・・・長い間、逃げていたのは私たち、大人であった』と結んでいる。
(「少年サバイバル・ノート」西山明 P45~P46)
書かれたのは今から8年前ですが、このまま今も通用しそうです。
学生たちの相談を受けていると、進路に迷う学生も少なくありません。授業に身が入らず、成績がふるわないとき、このまま続けるか、退学して他の選択肢(就職、専門学校)を考えるか迷います。
一般的に学生達は気持ちが優しく、親に学費を出してもらっているので、親の考えを最大限尊重しようとします。大半の親は、迷っているわが子を前に、「とにかく大学だけは出なさい」と勧めます。
かくして迷いつつも学生は、もう一度努力しようと心を決めます。そして努力はするのですが、しかしほどなく、「やはりこれ以上は力が出ない」となって、また相談室を訪れることになります。
では親に限らす、私たち大人には、こんな時いったい何ができるのでしょうか?
実際、相談室にいても、私ができることは限られています。心のケアという面を除けば、実質的な効果では、いろいろな視点での見方や考え方を提供し、具体的な情報や情報を得る方法を示すことくらいです。
ときには、一緒に途方に暮れて考え込んでしまうこともあります。無力感にさいなまれることもあります。
ただ、それにもかかわらず、毎週話しに来る学生を見ていて思うのです。
話したいときに、話せる場があることが大事なのではないかと。それも、本人の意見を否定せずに、耳を傾ける場所であることが…。
子どもや若者が、迷い悩んでいるとき、アドバイスできたり、解決への方策を提供できればそれに越したことはありませんが、もしそうでなかったとしても、一緒に悩んだり、考え込んだりすることそれ自体が、大事な時間なのかもしれません。
そうこうするうちに、本人が何らかの出口を見つけたり、少しでも意欲を持てるようになれれば、それこそが本人の歩みの一歩になると思うのです。
そうした時間の共有が、大人にも立ち止まって考える機会を与え、この混沌とした時代に何らかの変化をもたらすのかもしれません。
「長い間、逃げていた」大人に、逃れられない問いが返されてきました。少しでも、子どもや若者の声を聴く(=心の耳で聴く)時間を持てればと思います。
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最近観た、音楽がテーマの映画とDVDのご紹介。
「奇跡のシンフォニー」(上映中)
孤児院で育てられた天才的な音楽の才能を持つ少年が、まだ見ぬ両親を探しながら、音楽と出会っていきます。
「どこにいても、誰にでも、音楽は聞こえるよ」
「ボクの音楽は両親への答え」
心温まるストーリーと音楽の魅力、シンプルで素直に楽しめてリフレッシュさせてくれる、そんな映画です。
もう一つは、DVD。
「歓びを歌にのせて」(2004年スウェーデン映画)
登場人物が、人生の哀感を感じさせながらいきいきと描かれていて、無骨で、正直で、好感が持てます。
DV夫の暴力にめげず、仲間の励ましで、「自分を生きる」と力強く歌うヘレン・ヒョホルムの歌う歌がすばらしい。
歌声と曲そのものが素晴らしいのですが、私の仕事柄、DV被害者の女性が「自分の道を生きたい」と歌うところに、ことのほか感激してしまいました。
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春から取り組んでいた本の原稿の校正がやっと終わりました。月曜締め切りだったのですが、原稿を送り出したのが日曜の午後。宅配便の4時の集荷に間に合わせなくてはなりません。お店に持ち込んだのが3時50分というスリリングな展開で、送り出したらドッと疲れが……。というわけで、昨日、今日はまだ何だかボーッとしています。
タイトル:『きちんと「自分の気持ちが言える子」に』
副題:―意思表示できる子は伸びる!―
(PHP研究所)
私としては、タイトルに少し違和感があるのですが、出版の事情としては、まず読者が手に取ってくれないことには始まらないので、ということのようです。親の求めるもの=時代のニーズでもありますから、直球のタイトルに心惹かれるというのは理解できます。
確かに、手に取ってもらわなければ始まりませんものね。読んでいただいて真意が伝わればなあと思います。
意思表示することで、子ども一人ひとりがイキイキと自分らしさを発揮し、自己肯定感情を育てていく…お母さん・お父さんがそれをサポートしながら、自分たちも自己表現がうまくなって自己肯定できる、そんな欲張り(?)な内容をめざしたのですが、果たしてどうでしょうか。
刊行についての詳しいお知らせは、後日改めてさせていただきます。
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もう2年以上も前になりますが、「2200kmを結ぶ!音祭り」というイベント(音楽ライブ)をやりました。沖縄のシンガーソングライター下地勇さんと、地元さいたまのギタリスト下館直樹さんに出演していただきました。
音楽を通して、心をつなぎ、地域をつなぎ、人と人とのつながりを育てよう、というイベントでした。
出演者、裏方のボランティアさん、それに音響や照明担当の方、ホールの担当者の方など、本当に多くの皆さんのご協力で出来上がったステージでした。
今、そのときの照明担当の北谷さん(女性)のことを思い出しています。打ち上げの時、「チャタンです」なんて冗談を言われてました(沖縄方言では北谷をチャタンと読むそうで…)。北谷さん自身は沖縄のご出身ではないのに、でも、チャタンと読む方がお似合いの、沖縄の空気を感じさせる方という印象が私にはありました。
北谷さんの照明はとってもステキでした。下地さんの歌にピッタリの照明をアレンジして、ステージを盛り上げていました。北谷さんにお願いできたらいいなあ、と思いつつも、とても弱小セレニティでは無理だと諦めていました。
でも、あるとき、都内であった下地さんのライブの終了後、お見かけした北谷さんに声を掛けたところ、「音祭りの企画ができたら、一応声を掛けて」と仰ってくださったのです。傍らでは、同じミュージシャン仲間の下館さんが(彼は、音祭りの企画に陰ひなたとなって協力してくれた功労者です)、「とても無理ですよ」と私に小声で忠告してくれていました。
そして、いよいよ企画が固まってきた頃、本来の金額ではとうていお願いできないような厚かましいお願いをしたにもかかわらず、採算度外視、しかも職人肌の内容重視と心意気で、数人のアシスタントとともに、泊まりがけで当日の照明を引き受けて下さいました。そのおかげで、本当に素晴らしい照明のステージにすることができました。
北谷さん曰く、「日頃セレニティの活動のことを(下地さんから)聞いているから」と、温かいご理解を頂けたことが、とてもうれしかったです。その橋渡しをしてくださった、下地さんやマネジャーのOさんのおかげでもあります。
音祭りは、こうした目に見えないところで、皆さんからたくさんの贈り物を頂いてできたものなのだと、今でも思い返すと感謝の気持ちでいっぱいになります。
北谷さんのお仕事ぶりは、舞台裏でちょっと拝見しただけですが、厳しく、熱く、「職人」を感じさせました。
「2200kmを結ぶ!音祭り」
また、いつか下地さんライブなどでお目にかかれるだろうなあと思っていたのです…。
でも、その北谷さんが、5月下旬に急逝されたとの知らせを、つい最近聞かされました。まだ、私よりずっとお若い方です。元気なお顔が浮かんできて、にわかには信じられませんでした。
先日の、手塩研のメンバー浜田先生といい、このところ、ご縁のあった方々とのお別れが続いてしまいました。やはりお別れは辛いです。
改めて、音祭りの照明に感謝しつつ、北谷さんのご冥福を心よりお祈りいたします。合掌
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