ホントに何がキッカケになるかわかりません。
ずっと以前、ある場所であるカウンセリングをしていた時のこと。
相談に来られた若いAさん。カウンセリング中に、ふとしたことから、親戚の家で食べたオムライスの話になりました。
昔ながらの卵で包んだオムライスではなくて、バターライスの上に載せた半熟状態の卵をナイフで切って、トロ~リとご飯の上に掛ける、とろとろオムライスのほうです。
Aさん曰く、お盆に載せられ運ばれてきたのは、想像していた昔ながらのオムライスではなく、「ライス&卵焼き」だったのでビックリしたそうです。親戚のおばさんが卵をご飯にのせてナイフを入れると、「ライス&卵焼き」がオムライスに変身!その瞬間のオドロキは感動ものだったそうです。
Aさんは実にいきいきと語ってくれました。あまりに楽しげに語ってくれるので、こちらも一緒になって面白がっていたら、その後もオムライスの話題で盛り上がってしまい、気がついたら面談時間の大半を使っていました。珍しく滑らかな話しぶりのAさからは、また違った一面を見られた気がして、少しAさんの気持ちに近づけたかなあと私も嬉しい気持ちでした(もちろん、ただ漫然とオシャベリしていたわけではなく、そうした効果も期待しつつ、話してはいたのですが)
帰り際、Aさんのひとこと。
…
「考えてみると、今までで今日が一番たくさん話したような気がします。なぜだかわかりませんが…。」と首をかしげていました。
翌週の面談からAさんの会話は増えて、カウンセリングはワンステップ前に進んだ手応えがありました。
好転のキッカケは意外なところにありましたが、いつも、そのチャンスを逃さずつかむタイミングが難しいです。常にいろいろな話題についてアンテナを張っておくこと、ユーモアの余裕と、決断の勇気。…方向をどちらに振るか、何を話すか、どう質問するかなど。そうしたらすべてうまくいく、ということではもちろんないのですけれど…。
「答えはクライアント自身が持っている」(ロジャーズ)をしみじみ思いました。改めて、じっくり話を聴くこと、大事だなあと。
(プライバシーに配慮して、内容は適当に手を加えてあります)
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「明日8日は」とタイトルを書いてから、そうだ真珠湾攻撃の日だったんだ、と気がつきました。で、確かめるためにネットを検索したら、ビートルズのジョン・レノンが銃弾に倒れた日でもあったのですね。(だから夕刊にもジョンレノンの記事が、と納得)
とは言ってもタイトルはそれとは全然関係なくて、セレニティのイベントの話なんです。
明日は午前中が「ミニ瞑想会」、午後が「冬のオシャベリ会」があるのです。
ささやかな会ですが、ゆったりと充実したひとときを過ごしたいと思います。
会場は、二部屋続きの広めの和室。ビルの中なのに、障子を通した柔らかな光が、明るい中にもどこかホッとした<和の空間>を作ってくれます。やっぱり畳って和みますね。
ワタクシ目はこれから明日の準備です。もし、これを読まれて明日フラッと行ってみようかなという方がいらっしゃいましたら、どうぞご遠慮無くお越しくださいませ。^^)お待ちしていま~す。
明日の詳しい内容はこちらを。
ではでは、今日はこれにて。
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早くも12月です。
一年が年々早くなるように感じられるのは歳のせいでしょうか?よく歳を取ると一年が早いって言いますから。
15年くらい前の風刺マンガに、いろんな職種の人々がいっせいに、必死の形相で先を争って走っているマンガがありました。<どこへ?>というようなタイトルが付いていたような…。
マンガを見ると笑っちゃうんですが、自分自身が走っている一員なんだなあって、最近つくづく思います。
そこでハタと気づいたのですが、もしかしたら、昔の人も現代の私たちも、寿命が延びても、一生の長さの感じ方はほとんど変わらないかもしれませんね。
マイペースで、喜怒哀楽を様々感じながら、ゆっくりじっくり人とふれあって過ごすそんな生き方、魅力を感じます。でも、時代から置いてきぼりになるかなあ。
だったら、それならそれでもいいかも、って思えるのはこれも歳をとった証拠でしょうか。だとすれば、歳をとるってなかなかどうしてステキなことです!
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セカンドオピニオンを求めて、歯医者さんに行ったときのこと。
きれいな個室の診察室、最新の設備、治療を待つ間、椅子から見える位置の液晶画面には映画まで流れている。ややあって先生が登場。
口の中を見て、幾つかの質問をされ、やりとりした後、こちらが気になっていることを話した。すると、先生が眉間にシワを寄せて言われた。
「おっしゃっている意味がわからないんですけど…。」もっと上手く説明してよ、困っちゃうなあ、という感じ(に思えたし)。で、言葉は感情を抑えている分、表情に不快感が現れている(と思えた)。
私も困ったなあと、言葉を換えて再度症状を説明してみる。
が、先生はさらに首をかしげて、
「え?どういうことを言われてるんでしょうか?」(ガーン!まったく受け付けられず、はね返される感じ。)
私はさらに困って、それでは具体例をと、再度表現を変えて説明してみると、
先生「当然そう言うことはあります。でも問題じゃありません」と言下に否定された。
私「○○・・・で、□なんですが・・・。」と、再度症状を訴えるが、
先生「問題ないです。」
私、「△△・・・ 」なおも何とかわかってもらおうと、がんばって説明する。
先生「それは別に問題じゃないです。何か気になりますか?」(気になるからこうして説明しているのに~)
そんなやりとりを何回か繰り返すうち、私は次第に言い換える言葉が見つからなくなり、虚しい気持になってくる。
そして、ついに、
「そうですか、(これ以上話しても無理ということが)わかりました。」と私。私からやっと「わかりました」という言葉が出て安心したように、ではこれで、みたいな感じで先生は出て行かれた。
先生が出て行った後(よくわからないが、ここでは先生が治療の部屋を廻るらしい)、アシスタントの女性が笑顔で言った。「何かほかに気になることはありませんか?」
。。。
はあ、。。。もう。。。。いいです。
歯医者を後にしつつ、カウンセリングの場面でクライアントの方からときどき耳にする言葉を思い出した。
「家族がわかってくれない、聴いてくれない。こっちが話し出すと、それは○○が問題だ、だからああだこうだと説明したり、説得しようとする。だから苦しい。聴いてほしいのに」と。
ご家族は早く元気になってほしいと思うあまり、解決策をあれこれ出されるのだろう。でもその前に辛さをわかってほしいのだ。聴いてほしいのだ。、
歯医者の帰り、この言葉を実感として思った。問題解決の前にまず聴いてほしいということ。それができると問題の半分くらいは解決できることさえある。
これはこの歯医者さんに限らず、私たちが他人に対して、日常何気なくやってしまっていることのように思う。
ふだんの親子の会話から、訴訟や裁判になる社会的な問題まで、最初の段階でこの「聴く」姿勢のあるかないかによって、その後の状況が大きく変わってしまう。
私もカウンセリングの場面ではいっそう肝に銘じなければと、「聴く」ことの大事さを改めて気づかされたできごとでした。(そうそう、家族に対してもね ←これが、むずかし~ ^ ^;)
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ここ何年か、東京都の先生方から、現場の大変さを訴える声が数多く聞こえてきます。
「キャピタルプランと言って10年後の計画について文書を出せと言われる。明日の授業の準備をしたいのに。」
「人事考課制度ができてから息苦しくなった」
「授業の合間や放課後など、休み時間も細切れに管理される」・・・・。
また昨年だったか、ある地方の教頭先生のご家族から、仕事のストレスから体調を崩し、学校に行くのもままならない状態だとのご相談も受けました。
最近の文科省の調査では、教頭先生になったものの、仕事の重圧からと思われる、一般教員に降りる先生が増えているそうです。わかる気がします。
校長先生に代わって学校内部のとりまとめや親への対応に追われ、多忙で子ども達との接触もほとんどなくなってしまう。そんな状況では、心身の疲労と同時に、教育に情熱が持てなくなってしまってもおかしくありません。
調査によると2001年度は26人、05年度は71人で3倍近くに増え、そのうち69人は教頭になったばかりの方たちだそうです。
この状況に対してこんな意見もあります。
降格願いは管理職としての能力不足とみなし、人材を育ててこなかった現場の責任だと指摘する声です。そして管理能力のある人材が育つまで、つなぎとして企業から人材を募って全国に配置すればいいというのです。
学校経営を企業原理にゆだねるということなのですが…。本当にそれで良いのでしょうか?
学校と一般企業は同じなのでしょうか?
目標も、計る物差しも違うように思うのですが…。
学校は非効率でも良いというのではありませんが、何をもって効率的とするかであり、非効率のものは全部捨て去って良いのかという疑問もあります。
とても難しい問題です。本来、個別の(差異のある)人間に対して、何を教育の成果とするかなど、基本的なことを抜きにして経営面だけを論じるのは危険です。
もう一つは、ストレス増加の原因が単に経営能力の不足からくるのではなく、親や地域社会の多様なニーズ、文科省・教育委員会からの圧力、といった社会状況の変化による面も大きいと思います。
実際、今回の調査で降格希望者の多かったのは東京都がトップ。管理の強まる教育行政のあり方の問題とも無縁ではないように思うのです。
いずれにしても、先生たちがもっとラクにならないと、結局は子ども達が苦しい思いをするんですよねえ。
あ、もちろんお母さん、お父さんもですけど。
そうした子ども達が大きくなって大学に進学し、社会に出る直前で逡巡している。私の出会う学生達もまさにそのまっただ中にいるのだなあと思うこの頃です。だから、がんばらなくっちゃ。(がんばりすぎないように、ね)!
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