セレニティカウンセリングルーム

関連するコトバ 『 教師 』

うれしい拙著への感想

あれよあれよという間に、季節はいつしか初夏に…。

数ヶ月前の出来事や事件さえ、もうずっと昔のことと思われるくらい目まぐるしい日常です。「おっとっと、これではいけない」と、たまには瞑想のまねごとをしたり、ストレッチしながら深呼吸して、自分の内側に目を向けるようにしています。

ほんのわずかでも、普段の生活にそうした時間を忘れずに取り入れるようにしたいなあと思ってはいるのですが…、ついつい…。

ところで、先日、嬉しいことが……。昨年9月に刊行された拙著「きとんと『自分の気持ちが言える子』に」に対して、とても嬉しいコメントをいただきました。「求めていた本にめぐりあえた」と言っていただけることは、著者として何より嬉しいことです。

執筆の意図をきちんと受けとめて読んでもらえたときは、やはり格別です。「内容が深い」「実例が豊富でわかりやすい」「いろいろと気づくことができた」こんなふうに読みとっていただけて本当に嬉しく思います。少しでもお役に立てたんだなあって思えて…。

そうそう、先日からジタバタしていた原稿のほうも、この週末やっと編集の方にバトンタッチできました。

「月刊教育相談7月号」(6月13日発売)ほんの森出版

「アサーション」とクラスづくりの特集号だそうです。「先生が保護者会でアサーションをどう伝えるか」が私に与えられたテーマでした。

もし興味がおありでしたら読んでみて下さいね。また、出版社のサイトにアクセスして、大本の保護者会配布プリントをファイルで送って頂くこともできるそうです。ご活用ください。

カウンセリングより教育技術

最近は、学校の先生方に対する心理やカウンセリング分野の研修が盛んにおこなわれているようです。

一昔前に比べて、先生方は個別に、よりきめ細かく子ども達に対応しなくてはならず、集団行動にしても、子どもの内面的なことも理解しておかないと指導が難しくなってきたからだと思われます。

確かに、現場の先生方からお話を聞くと、内面的な複雑な問題も少なくないようですね。先生方も教師になったり、カウンセラーになったりではたいへんだなあと思います。

ただ、学校の先生方がそんなに深くカウンセリングを学ぶ必要はあるのだろうかと、その点はちょっと疑問です(あちこちでそうしたプログラムが組まれているようですが)。

なぜなら、先生方はカウンセラーや臨床心理士が持っていない教育上の指導という枠組と、そのための方法を持っていらっしゃるのですから。

それらを存分に生かすこと、そのための基礎知識としてカウンセリングを身に付けておけば、それで十分ではないかと私は思っています。

子ども達にとっても、教師は教師、カウンセラーはカウンセラーとして、方向は同じでも違った方法で対応してもらえれば、より幅のある成長の機会を得ることができるわけです。

私はむしろ、カウンセリングの場面で「こんなとき教師だったら、集団指導で効果的な対応ができるのだろうなあ」と、教育指導で対応できる先生方をチョッピリうらやましく思うときすらあります。

臨床心理士やカウンセラーとは違った対応ができるところにこそ、教育の醍醐味と価値があるのではないでしょうか?

餅は餅屋、先生は先生!

「先生でなくてはできないことを」です。…先生方、どうかよろしくお願いします!