セレニティカウンセリングルーム

月別: 2012年6月の記事一覧

緑のエネルギー

緑の樹木を見ると力が湧いてきます。若い力に通じるようなエネルギーを感じて。

キャンパスの一角に立派な「合歓の木(ねむのき)?」でしょうか?

まさにしたたるような緑の巨木です。見上げて写した携帯写真はといえば、単なる大きな木だったので、ガッカリして削除してしまいました。実物は結構な迫力なんです(って、説明だけでは分からないですよね。すみません。枝の一部だけご披露させていただきます)。
下の写真は秋バージョンです。茶色なのも素敵!


そうか!この角度で写真を撮ったらよかったのですね。再度、挑戦してきます(思い出したらですが ^^;)。








閑話休題。
いきなり重い話題ですみません。

時々、事件の報道などで、加害者についてコメントを求められた人が、「おとなしく、穏やかで、とてもこんな事件を起こすようには見えなかった」「礼儀正しいし、会えば笑顔で挨拶するいい子でした」「勤務態度も良く、真面目だった」などと、戸惑った感じで答えている場面に出合うことがあります。学校の先生などはごく普通の生徒だった」と表現したりもされます。

その度に、私は釈然としない思いとともに、心の中がザワザワしてしまいます。その時の気持ちを言葉にすれば、きっとこんなふうです。
「特別に凶悪な人だけが事件を起こすわけではない。人は皆、大なり小なり悩みを抱えているけれど、誰にも相談できず、わかってくれる人が一人もいなかったときに、自分一人では抱えきれないくらいの悲しみや怒りや憎しみを抱えて、ほんのちょっとしたキッカケで大きな過ちが起きてしまう、・・のでは?」と。

辛いときに、辛いということすら表さずに(表せずに?)、表面上はあくまで「普通」を装わずにいられない、またそのように要求されるのが、今の世の中であるような気がします。弱みを見せられないというか、弱音を吐けないというか、そんな辛さです。
若い人の相談を受けていると、そうした窮屈さを小学生頃で早くも感じているようで、もっとのびのびと子ども時代を過ごさせてやりたいと痛感することも多いです。
歳のせいか、次世代に対する責任として何ができるかということをこの頃よく考えてしまいます。微力は百も千も承知の上ですが・・・。

いじめの問題

~緑のカーテンが着々と育っていますよ~
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心理臨床の現場にいると、大なり小なり幼少期から学童期に至る人間関係、中でも友人との関係が、その後の人間関係や社会との関わりにおいて、とても重要な要素を占めていると実感させられることが多くあります。とりわけいじめの問題は、思春期以後、傍目には特にこれといった支障がないように見受けられる場合でも、本人にとってかなり根深い課題となっている場合があるように思います。

「当時はそれほどとは思っていなかったけれど、今になって思い返すと憤りでいっぱいになる」とか、「いじめられた自分を認めてしまうとつぶれそうだったので、自分の状態を見て見ぬ振りしてやり過ごしていた」とか、「その場を切り抜けるのに精一杯で自分のダメージを思いやる余裕さえなかった」など、後になって振りかえったときに初めて、当時の傷の深さに気づくこともあります。すでに過去のことだと思っていたいじめが、カウンセリング中に、今日的な問題となって浮上してくることも珍しくありません。

人が存在する限りいじめがなくなることはないのかもしれません。でも、だとしても、いじめで受けた心の痛手が、成長のどこかで徐々に解消でき、癒されていくような緩やかなつながりと余裕のある社会になれば、いじめの被害者のみならず加害者も救われるのに、と思ってしまいます。実際、かつての被害者が加害者になることも多く、被害者・加害者の線引きは難しいものがあります。巷で起きる悲惨な事件を見聞きするにつけ、子ども時代のいじめが遠因になってはいなかっただろうかと、気になってしまうのは私の職業ゆえでしょうか?、

被災地の体験を聞く

先日、カウンセラーの研修会で、福島の被災地で地震直後に救護に当たられた看護師さんのお話を聞く機会がありました。石巻の公立病院に勤務中、地震が起き、物資も人手も不足する中でどうやって被災の日々を過ごしてこられたかを、写真を見ながらお話しくださいました。

同僚の看護師さんの一人は、夕方からの勤務に備え、病院に向かっている途中で車ごと流されて亡くなったそうです。講演者の看護師さんは責任ある立場の方らしく、論旨も明快で気丈な雰囲気の方でしたが、話の途中でときどき言葉に詰まり、涙をこらえながらお話ししてくださる姿にはこちらも胸が苦しくなるほどで、被災状況の深刻さと、その過酷な状況の中であらゆる努力をした現場の鬼気迫る様子が切迫感を持って伝わってきました。会場のあちこちでハンカチを取り出す姿も見られ、講演が終わってもシンとして皆言葉もないような状態でした。

一方、現在でもこんなことがあるのかと唖然としたのが、大量に送られてきた物資を開けてみたら、汚れた下着や破れた服など捨てるしかない物が大半で、人手が足りない中、3人の看護師が一日がかりで仕分けしてみれば、19箱のうち使える物は6箱しかなかったということもあったとか。

また、公立病院の医師や看護師は公僕なので、物資が送られてきても自分たちに分けてはいけないと言われ、着替えもなく、危険な瓦礫の中を歩くにもナースシューズ以外は履く靴もない状態だったそうです。やっと個人的なツテを頼って物資を送ってもらい、急場をしのぐような状況だったとか。孤立状態であることを知らせたいと、事務長が一日がかりで徒歩で救援要請に行ったところ、病院長の要請ではないから救助は出せないと言われたというに至ってはまさに絶句!

とにかくこんな調子で、モノも人手もない中で工夫に工夫を重ねてしのぎ、何とか患者さん達には少しでも良い状態をと努力されたご苦労は、想像を絶するものがあったと思います。

そうやって、せっかく出来た訪問ケア先とのつながりも、復旧に伴う配置替えで、また一からの出直しになってしまったということにも、現場の苦労が報われていかない辛さ、やりきれなさを感じました。ついつい講演が強い告発の口調になっていくのは正直こちらも聞いていて辛かったです。

でも、どこにもぶつけどころのない現場の生の声なのだと思うと、しっかり受けとめなければと気を引き締めました。ましてやカウンセリング学会の研修会なのだから、こういう場でこそ話をしてもらって、少しでもラクになって帰ってもらえたらいいなあと思いました。

こんなに苦労をしつつ、せっかくつながりができて元気になってきたお年寄りに、「来月からは来られません。担当者が変わりましたので」と伝えるのはどんなにか悔しかったことでしょう。

一方、辛いことの中にも、看護師仲間の連帯感の強さや、日本や海外の遠くから支えてくれる理解ある仕事関係の知人のありがたさなど、人の本当の姿がまざまざと見える体験だったと締めくくられました。福島では、震災はまだ今日ただいまの出来事であり、復興は始まったばかりであることを強く印象づけられた講演でした。

関東に住んでいると、震災はすでに過去のことのように思いがちですが、人間は忘れやすい動物だということを胸に刻まなければと改めて思いました。とても貴重な機会でした。辛い体験を語ってくださったことに感謝しました。