カテゴリー 『 雑感 』
季節はのどかな春だけれど
2週間ほど前の写真です。
区役所脇のスペースは満開の菜の花。
区のシンボル花なのだそうです。
今や季節はすでに桜。
しかも、そろそろ満開の頃ですね。
政治や社会の変化の激しさに翻弄されそうになりながらも、せめて自分の立ち位置は確保したいと抗っているうちに、季節までもが駆け足で移り変わっていくように感じられてしまいます。
国会前や全国の駅頭で繰り広げられる戦争反対のデモやアピールの広がりは、声の切実さが身に迫り、
ここまで状況が危険水域に達していること自体、信じられない思いです。
物心ついた頃から平和憲法に守られ、平和な状態がこのまま続いていくものと思い、次世代もその先までも平和が崩されることなく維持されると思っていました。そのための個人的な努力もそれなりにしてきたつもりではあるけれど、それらは個人の描いた単なる夢であったようです。
こんなに急激に壊されるべく、長年にわたり広く周到に用意されてきた悪意の結果が今の状況であると知った衝撃は小さくありません。
とは言え、このまま黙っているわけにはいきません。
非力ではあるけれど抗い続けます。
自分なりの方法で自分の生活も大事にしながら。
ようやく秋の気配
と思ったら昨日のゲリラ豪雨。東京は床上浸水の地域もあったとか。気象条件や土地の条件によってはいつどこで同様のことが起こらないとも限らず、これからは防災情報や対処のスキルも身につける必要があるのかもしれませんね。やれやれ^^;。
とにかくこの夏は、猛暑の中をどう無事に過ごすか、結構そのことに心身を消耗した気がします。年々夏が厳しくなっていきますね。
そんな中でも、いつも通り街路樹のサルスベリは元気でした。
青空をバックにした鮮やかな紅色は、暑い日にこそふさわしく元気の出る花のように思います。サルスベリが並んだ歩道では足取りも軽くなるようで……。私の中では欠かせない夏の風物詩の一つになっています。(7月下旬ごろ撮影)
ちょっと前はお米騒動で大変でしたが、近所の畑では順調にお米が育っています。(8月撮影)
昨日、買い物帰りに見たこの畑は、写真よりもさらに一面黄金色に変わっていました。稲穂がふか~~く頭を垂れていて「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の諺そのものでした。
収穫の時も間近です!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さて、来週から大学も始まります。
人の世も自然界も、今年の秋はどんなふうに変化していくのでしょうか。
世の中あまりにも変化があり過ぎて、最近ついて行くのが大変だなぁと思う後期高齢者です。
瞑想と、深呼吸と、楽しむことを忘れずに、ボチボチやりますか。。。
やっと年初のご挨拶
一月も終わろうとしているこの時季ですが、やっと今年初めての投稿となりました。
今年もよろしくお願いいたします!
昨年末に、親しくしていた身内の訃報が舞い込み、例年とはまったく異なる時間の流れになりました。心身共にハードな面もありつつもひとまず穏やかに故人を見送ることができ、今は落ち着いた日常に戻っています。そんなこんなで例年以上にアッという間に過ぎた年末年始でした。
そうした中でのある日、
息子「どんな葬儀にしてほしいか決めておいて」私「はいはい。確かにそうだね~」なんていう会話もありました。親子共にこんな話が自然にできる歳になったのだなぁと感慨深くもあったりして…。
写真は昔一時期通っていた、絵画教室の先生の絵です。
生涯絵を購入することはないと思っていたのに、なぜか「いつも身近で見られたらいいな~」と思ってしまい半ば衝動買いです。写真が下手で印象がパッとしませんが、本当はもっとクリアできれいな色なんですよ。飾ったその日から、何年もそこにあるかのようにしっくり馴染んでいるのもまた不思議な感じで面白いです。
しっとり梅雨まぢか
田圃の隅っこで、小さなバケツと網を手に水面をのぞき込んでいる親子の姿を時々見かける。そんな光景を何回か目にした数週間後には、カエル達の大合唱を耳にすることになる。
いつもの梅雨時の風物詩。
ふと見上げた花びらの白い縁取りが新鮮で美しく感じて、ご近所さんの塀に咲き誇っていた花々を撮らせて頂いた。
この日の天気は快晴。でもどんなに晴れていても、どことなくしっとりした空気のこの時季であるからこそ、アジサイは似つかわしいように思う。これって単なる思い込み?
初春の富士
ひとまず元気でおりますというご報告を!
いつものことながら更新もまばらな日記ならぬ月記ですが、
もしどなたかのお目に留まりましたら
読んで下さって厚くお礼申し上げます。
写真は新幹線の窓から見た富士山です。
三が日が明けてすぐに、久しぶりに東海道新幹線で名古屋を往復しましたが、その際、帰路に見た富士山です。
晴れた日に富士山を見ると、嬉しく幸せな気持ちになるのはなぜでしょうね。
このスーッと平野に続くなだらかな稜線の美しさは富士山ならではだと思います。
この写真は、走る車窓から携帯カメラで写したものなので、写真としては全然良くないのですが、
窓の外に富士山が広がってきたときの感動は、心の中が洗われるようなすがすがしさで記録に残したくなりました。
埼玉ではこれほど裾野まで見える場所はなかなかないので、ボケた写真でも私にとっては貴重な一枚になりました。




