セレニティカウンセリングルーム

カテゴリー 『 環境・エコロジー 』

沖縄(嘉陽)の浜辺

またもやすっかりご無沙汰してしまいました。

もうすぐ雛祭りですね~ ^ ^;

季節は梅から、桃へ。。。

まだまだ寒いけど、春を感じるときもありますね。

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写真は11年前に訪れた沖縄の名護市嘉陽(かよう)の海岸です。
当時、まったく偶然にブログを通じて知り合った沖縄のお友達と、知り合ってから一週間後に沖縄で催されたライブにご一緒しました。おまけに彼女のご主人の車で沖縄本島北部まで案内してもらいつつドライブするという「おんぶに抱っこ」の旅程を過ごさせてもらったのでした。
Bさんとご主人様、その節は本当にどうもありがとう!

何しろ、ライブ会場の前でお互い顔も知らずに携帯番号を頼りに電話を掛け、行列の中から携帯電話を耳に当ててキョロキョロしている相手を見つけて、「あ、いたいた!!」と手を振り合ったのが初対面でした。でも、昔から知っていたかのように意気投合。

そして席に着くや否や、彼女が「明日夫の車で辺野古に行くんですけど、よかったらいかが?」と誘ってくれたのです。
「え?いいんですか?」と、一応は遠慮がちに言って見つつ、心はもうすっかりその気に。。。

そんなこんなで、辺野古の米軍基地反対の座り込みをしているおじぃやおばぁの所へ、彼女の持参した差し入れを持参して、その後大浦湾を回ってこの美しい海辺に連れて行ってもらったのです。

もちろん、もちろん、辺野古もこの海と同じように美しい海でした。あの海を実際目にすると、そこに基地を造ることなど、どんな理由を付けられても首を縦に振る人はいないでしょう。一人の生身の人間として考えた場合。

国家や政治やお金やら権力やらで、人間が自分の大事な感性に頼らないで決めたときに判断を誤るのでしょうね。

毎日、調査や工事のための重機やオモリで、珊瑚が潰されていくのが辛いです。
珊瑚の生きられる海でないと、ジュゴンのエサもなくなってしまいます。

一人ひとりにできることは小さくても、未来の世代にもやっぱりこの美しい海と、そこに生きる人々の生活を守りたいと、祈りつつできることをしたいです。

11年前の春、この海で2時間もなん~んにもしないで、ボンヤリ座っていました。時々近所の人が犬を連れてお散歩に来たり、親子連れが網打ち際で遊んだり。。。2時間もいて、私たち二人以外に、ほんの数人だけ。ご主人はお仕事で私たちだけ落っことしていってもらったのです(拾ってもらって帰りました。お世話になりっぱなしでした)。

おしゃべりしながら、石ころや砂でいたずら描きしたり、波の音とサヤサヤ草を渡る風の音だけが聞こえる、ただただ至福のひとときでしたよ。

そう、絶対この海は残さなくては!!!

 

新緑の「こども自然動物公園」

「埼玉県こども自然動物公園」を初めて訪れました。

ここには「ピーター・ラビット」の作者ビアトリクス・ポターの資料館があるんですよ。大東文化大学によって運営されているようです。この資料館には興味があって、以前からネットで調べていて、一度は行ってみたいなあと思っていたのです。

資料館は、イギリスの湖水地方にあるポターの家を忠実に再現した建物だそうです。湖水地方といえば、ポターが個人所有にしてまで守ろうとしたくらい(今で言うナショナルトラスト運動?)美しい自然環境の地域です。

しかし残念なことに、この湖水地方のアイリッシュ海に面した一角に、その後、セラフィールド核燃料再処理工場ができてしまい、海と陸の汚染源になってしまいました。自然環境を守ろうとしたポターの精神から言えば、何という皮肉で残酷な展開!本当に残念でたまりません。

「ビアトリクス・ポター資料館」のホームページはこちら

当然、この資料館も見学したと思われますでしょ?ところが、・・・今回はまさにそのチャンスだったのに、肝心の資料館は横目で見ながら通り過ぎるしかありませんでした(涙)。
幼い子ども達(孫)が一緒では、彼らの興味は圧倒的に「ジャブジャブ池」やシマウマや滑り台の方に軍配が上がりますよね~。
資料館は、また今度、となりました^^;

「フクシマ」以後と学生相談

静かなたたずまいの住宅地。屋根の上には1羽のコウノトリが留まっている。コウノトリがゆっくりと屋根から屋根へ移る様子を写しながらカメラが引くと、道路を挟んで団地のビル群が整然と並んでいる。しかし人の気配は一切ない。無人の街である。

これは25年前、チェルノブイリ原発事故の後、ニュースで見た映像です。チェルノブイリ原発から数キロのプリピアチ市を映したものでした。コウノトリは何も知らずに高い放射線にさらされているのだなあと、人間の罪深さを思った記憶があります。

あの頃もチェルノブイリ以前と以後では、世界は一変してしまったと言われました。同じことが今「フクシマ」についても言われています。チェルノブイリ事故後も、反原発運動は一時期盛り上がったものの、やがて原子力推進の趨勢に飲み込まれてしまいました。今回、「フクシマ」以後は、原発も含めて私たちの生き方そのものが問われていることを、すべての人が意識せざるを得ないところまで来てしまったという気がします。

カウンセリングを通しても、言葉にならない不安や戸惑い、生き方を含めての自分自身への問いなど、さまざまな形で、今回の震災が心理的にも少なからぬ影響をもたらしていることを強く感じさせられています。

人類がかつて経験したことのない状況を生きているのが今の私たちであり、日本人はその最前線に立たされている。別の表現をすれば、課題に真向かいにならざるをえない位置にいるともいえます。

「フクシマ以後」をどう生きるか?
それ以前とも切り離すことはできないけれど、まったく白紙といってもよいほどの新たな意識の領域で、暮らし方や生き方を選んでいく必要が出てきているのかもしれません。新しい生き方を選択する勇気と、実践のための知恵を集める行動力とを、私たち一人ひとりが試されているともいえます。

そしてそのベースは、私たち個人が、自分の頭で考え、かといって理性だけでなく感情をもちゃんと受けとめ、その上で意思を表していく、そうした個人一人ひとりの生き方にあるのだと思います。

大学の相談室でも、さまざまな悩みを持った学生さんが相談に来ますが、どんなに落ち込んでいる人でもどこかしらに前向きな光を感じさせる瞬間があります。そんな光に触れて、それを開花させられたとしたら、そのエネルギーはその個人の生活を変えるばかりでなく、そうした人達が増えていけばいくだけ、思いもよらない大きな力につながるはずです。

すべては一人ひとりから始まることを思うと、悩みを解決してそれぞれが自分を大事にしていくお手伝いができるとすれば、カウンセリングも私なりの「フクシマ」以後への答えと言えそうです。「道は遠し」ですが、「急がば回れ」という諺もありますし、ね。

 

食の大切さ。辰巳芳子さんの活動。

時計塔と秋空 (写真をクリックすると、少しだけですが大きくなります。写真の下が切れているので、大きくして見ていただけるとうれしいです)

ある日、大学への出勤途上、あまりにも空が青く気持ちよかったので、ついパチリ!カメラがなく、携帯だったのが残念!

陸橋から眺めた秋空

その後、大学に着いてからも、そこここの「秋」に目を奪われて、あっちでパチリ、こっちでパチリ。その一部をこちらに貼り付けてみました。少しは、雰囲気を 感じていただけるでしょうか。 ↓ キャンパスの銀杏並木。

キャンパスの銀杏並木

白い山茶花

赤い実をつけた秋の花水木 花水木を上から眺める構図というのも珍しいでしょ?渡り廊下から撮りました。

さて、突然冬がやってきたかのような今日の寒さ。上の写真はたった3日前のこと。さわやかな秋風に吹かれ、ようやく秋も深まり・・・、と長かった夏も終わり、秋を味わい始めた矢先にこの寒さ。かと思うと、沖縄や奄美には台風が接近とか。どうなっているのでしょう、今年のお天気?

こんな日は温かい鍋や汁物がほしくなりますね(すみません、すぐに食べ物の話で)。食べると身体が温まるだけでなく心もほっこりと温かくなります。温かい食べ物だったらなおさらです。手作りだったらなおのこと。食べることって、いろいろな意味で力になりそう。不思議ですね。

先日、85才の料理研究家辰巳芳子さんの活動を取り上げたテレビ番組を見ました(というより、たまたまテレビをつけたらやっていて、途中から見ました)。「特報首都圏
辰巳さんは、母親が料理研究家でもあり、ご自身の病や身内の介護体験から食の重要性を再認識し、丁寧に作った一杯のスープの滋養と愛情を次世代に伝えていこうと一筋に活動してきた方です。

が、最近の食生活がおろそかにされていることに不安を感じ、デパ地下のお総菜を点検し、働く女性達の声を聞くことで、これからどうやって食の重要性を伝えていけばよいかを模索する、という番組になっていました。

辰巳さんの料理教室は5年先まで予約が一杯だそうです。その生徒さん達に辰巳さんが煮干しでダシを取るようにと言っても、実際にそうした人はわずか数人。大半の人が即席だしを使っていました。その現状に、辰巳さんの口から思わず「なぜしないのですか?」と強い口調が。教室中はうなだれて重苦しい雰囲気に。

食を大事にすることは命を大事にすること。と辰巳さん。まったく同感です!!ただ、働くお母さん達、作れないのは何故か、教室で固まってしまった生徒さん達の気持ちも痛いほど分かります。私も、しばしば作れない派になりますし・・・。でも、何とか「食」は大事にしていきたいなあと思います。ついつい便利な方に流されてしまいがちですが、無理しない程度に、できるだけ楽しんで、また楽しめる程度の時間の余裕を持てる、そんな生活スタイルが維持できたらよいのだろうなあと思いました。

このことに関連して、たまたま先日、子育て勉強会に参加してくれていたお母さんから丁寧なお便りを頂きました。お弁当作りを巡ってのお便りでした。良かったらご覧になって下さいね。セレニティのホームページ「子育てトピックス」

実は、カウンセリングと同じくらい、食べることには人を癒す力があるのではないかと思うことがあります(私が食いしん坊だから?)。カウンセリングと食べること、一見相異なる領域のようですが、この二つは私の中で違和感なく納まります。食を大切にするために私に何かできることはないかなあと、ずっと思っているのですが・・・。とりあえずはまず、今日の夕食を作ってから、考えることにしましょう。

キャンパスの緑でリフレッシュ

新緑のキャンパス 学生相談室の窓から見える風景です。木々の向こうには、森林浴にピッタリの深い緑の丘陵地帯が広がっています。たまに散歩途中のおじいさんが、ベンチに腰を下ろして、林の中を眺めていたりします(大学の先生ではないと思うのですが・・・、もしそうだったら、ごめんなさい!)。写真を撮ったときは気づきませんでしたが、撮った写真をよく見ると、いつの間にか日射しは初夏を思わせる強い日射しになっているのですね。

相談室の重たいサッシの窓を開けると、にわかにいろいろな野鳥のさえずりが聞こえてきます。自宅の近くでは聞いたことがないほど、バラエティに富んだ小鳥の鳴き声が聞こえます。それだけでもふーっと力が抜けていく感じです。

そして、小鳥のさえずりとともに、木立の匂いに包まれます。フェトンチットでしたっけ、樹木の出す香りにはリラクセーション効果があると言われますが、そんな効能は抜きにしても、かぐわしい木々の匂いとおいしい空気を吸い込むと、それだけでからだの隅々にまで、すがすがしいエネルギーが広がる感じがします。「3分間リラクセーション」とでも言えそうです。

新鮮な空気を吸った後は、また重たい窓を閉め、大きな鍵をガチャッと閉めると、またいつもの学生相談室の静寂と現実がもどってきます。お昼休みの束の間のリフレッシュです。

リフレッシュと言えば、朝、相談室までキャンパスを歩いてくるときも。わざわざたくさんの木々の横を通り抜けて来るルートを選んでいるのです。若葉がフワフワとそよぐ、枝がシダレヤナギのように垂れ下がっている木の下を通って、白いハナミズキ(もうとっくの昔に咲き終わってしまいましたが)の並ぶ通路を眼下に見つつ、(芝生を育てる)養生のためのロープが張られた芝生を抜けて、相談室のある建物に入ります。

わざわざ回り道したり、階段を上がったり下りたりしながら移動する私みたいな人もあまりいないかもしれませんが、せっかくこんなに木々の多いキャンパスなのだからと、回り道を楽しんでいます。

でも、帰りはそんなこと言ってられません。終業時刻になるやいなや、大急ぎで部屋の鍵を掛け、担当スタッフへの挨拶もそこそこに、脱兎のごとく相談室を飛び出します。バスの時刻がぎりぎりなのです。

でも、そうして乗ったバスの窓からは、またもや自然を感じることができます。浅い緑色の鏡のように、キラキラと輝く田植えのすんだ田園地帯を目にすることができるのです。こんなふうに、四季の変化をそこここで感じることができるのは、ささやかながら幸せなことだなあと、しみじみ思っているこの頃です。