セレニティカウンセリングルーム

秋色

先日、久々に東京タワーが間近に見える公園を訪れる機会がありました。

この公園も、例年であればとっくに落ち葉で埋まっているのでしょうが、今年はこんな感じ。

赤や黄色の葉をつけた樹木もあれば、枯れて茶色に縮れた葉っぱや、まだ緑色の残る広葉樹もあって、暖かい今年はいつもの秋とはちょっと趣が異なるようです。

でも、そういえば、去年もこんな感じだったような気がします。去年も今年も、大学の銀杏の並木道は美しい黄色に染まることもなく、緑色が色あせて薄茶色になり、そのまま樹上で縮れていつの間にか落ちていく、みたいな変化の仕方でした。

 

これから毎年こんなふうだと、ちょっぴりさみしい気がします。

夏から秋への温度変化が、順調に、また一気に気温が下がるほど美しい紅葉になるそうなので、そういう条件の整わない場合は仕方ないのですけれど・・・。

 

 

 

 

大学のキャンパスもこんな感じです。

以前は一気に赤茶色の葉に変わって、なかなか壮観だったんですよ。

とは言え、

考えてみると、自然は無理してないですね~。

「なるべきときに、なるように・・・」
あるがままに生きています。

見習いたい!

けど、できない(笑)

 

 

こんな所に広大な原っぱが!

気づいたら、季節はすっかり秋も深まって。。。
今までで一番長いご無沙汰をしてしまいました。

この景色に接したときは、心の中でわお~っと叫んでしまいました。眼前に横一線この景色が広がっていたのですもの!

写真ではわかりづらいですが、遠くに見える高層ビルはさいたま新都心付近のビル群です。そこからほんの少し足を伸ばしただけで、こんなに静かな野原が広がっているのを初めて知りました。11月だというのに、暖かいせいかまだ緑が多いですね。

この原っぱの脇に1本の細い道があって、そこを通ってお仕事に行く機会が最近できました。そのことでたまたま知ることができた道なのですが、仕事の帰りにこの広い原っぱに沿って続く小道を、10分ほど歩くことができるのは結構楽しみになっています。

実は、歩きながら見える景色の片側はこんな感じですが、道を挟んで反対側はこの景色とは一変して住宅街なのです。

でも、この写真だけ見るととてもそうは思えませんよね。それもまた面白いところです。

そしてこの原っぱには何もないのですが、それがまたいい。

いえ、正確には何もなくはないです。
この草地沿いに10分ほど歩くと、広い道路に出る直前=つまりこの原っぱの一角に、小さな公園があるにはあります。でも、それ以外は何もありません。今や何もない原っぱや空き地は都会では貴重な存在ですね。

先日、私がその小さな公園の脇を通ったときは、うっそうとした樹木の間のベンチで数人のお年寄りがおしゃべりしていました。

そして原っぱが途切れて広い道路に出ると、途端に人と車の喧噪の世界が始まります。

 

 

それまでのほんのわずかの異空間。私には深呼吸のように心地よく、貴重な時間に思えます。1ヶ月後、ここを通るときに景色がどのように変化しているか、それもまたささやかな楽しみになりそうです。

孫たちとの夏休み~水上バス

猛暑の真っ最中の8月初旬。泊まりに来た孫たちを連れて、初めて水上バスに乗りました。夕方とはいえまだまだ暑さの残る中、日の出桟橋から浅草までの40分間、なかなか快適な海上のお散歩でした。

この日は食事付きの豪華なクルーズではなく、ちょっぴり昭和の雰囲気の素朴な水上バスに乗りました。実際、運行初期の室内の木造作りが生かされていて、それもまた風情がありました。

以前、20年近く東京に住んでいたのに、水上バスに乗ったのは今日が初めて。。。。

 

途中で見えてくるスカイツリーや、息子たちが卒業した中学校など、思い出の場所を海側から眺めることができたのも新鮮な体験でした。中学校には新しく体育館ができていたりして時の流れを感じました。

小学生の孫たちはといえば、エアコンの効いた階下に下りてみたり、眺めの良い上の階に上がったりして、特に遊具がなくてもそれなりに楽しんでいる様子。

何より、こんなに暑い日なのに、海面を渡ってくる風はわずかに潮の香を含んでしっとりしてはいるものの、涼しくて気持ちよかったので、こんなに暑い日は大人も子どもも、それだけで満足できたというのはあるかもしれません。

楽しげに行ったり来たりする子どもたちを見ながら、息子から言われちゃいました。「僕たち一度も連れて来てもらったことなかったよね」と。「う、う~ん。そ、そうだっだったね~」と苦しい返事(><)(そうだね~、こんなに気持ちいいのだから一度は来ても良かったよねー、と今更ながらの後悔)

時々すれ違う遊覧船のお客さん達と、手を振って挨拶するのも楽しかったですよ。もし、「東京でどこか行くとこないかな~」というときは、候補の一つとしていかがでしょう?

 

静寂と喧騒

ずいぶん長いことご無沙汰してしまいました。ごめんなさい。

落ち着いてパソコンに向かう余裕がなく(時間的にというよりは気持ち的に)、気がつくと2ヶ月以上もご無沙汰していました。

(写真は大学のキャンパスで仰いだ青空)

 

5月下旬に弟が亡くなり、闘病中だったとはいえ突然のことでショックでした。訃報を聞いて真っ先に思ったことは、死って静かだなぁということ。

訃報を耳にする一瞬前までは、希望・期待・不安・怖れなどなど、いろいろな感情が交錯して気持ちはザワザワしていました。そこに飛び込んできた訃報、亡くなったと聞いた瞬間、時が止まり物音一つない静寂の世界に一人ポツンと佇んでいる感覚。

本当に静かで、ただひたすらな静寂。
思えば生きていくことそのものが饒舌な世界での営みなのだと今さらながら知ることとなりました。絶え間なくおしゃべりを続けているかのような喧騒の世界に生きているのが私達の日常なのかもしれません。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

多少なりとも、ふだん瞑想に親しんでいれば、身近な人の死に臨んでも死の受け入れ方も悲しみも薄らぐのではないかと思っていたのですが、そんなことは全然ありませんでした。ショックなものはショックだし、悲しいものは悲しいままでした。

でもそれでよいのだと・・・。
悲しいときは悲しむしかない。そして、そういう自分を見ていればよいのだと。
瞑想とはそういうものだそうです。

ただ、こんなふうには思います。瞑想を通して、死を深いところで受け止められているのかもしれないと。重層的にと言うのでしょうか・・・。やはりなんだかんだ言っても、瞑想は私にとって欠かせないものになっていることは間違いないようです。

 

 

 

近所の田んぼ。冴え冴えとした緑が美しい。

田植えの季節には子どもたちがカエルを覗きに来ていました。

どこを歩いても緑

大学への行き帰りも、大学のキャンパスも、休日に出かけた公園も、どこも緑が溢れています。浅い緑色が折り重なり、光の反射で濃淡を作っては多彩な緑色が目を楽しませてくれます。

色どり豊かな花が咲く春も好きだけど、新緑の季節も本当に気持ちが良くて大好きです。

もちろん、どの季節もそれぞれに良いところがあって、その変化があるからこそ楽しめるのですよね。そう考えると、どの季節が一番好きかとか、優劣はつけられないな~とも思います。

ですが、それにしても今年の季節の変化は早い気がして、しっかり味わわないと季節がどんどん通り過ぎていく気がしています。

この公園も、少し前には八重桜が見事でした。さらにその前はソメイヨシノが満開で、その下でお弁当を広げているママと子どもたちがたくさんいました。

この日は、初夏のような陽射しの中で、少年野球の練習のようでした。

フェンス越しの木陰で水分補給をしている少年たちの姿も。(もうすぐ炎天下での練習が待っているんだね。ごくろうさま~)と、汗ばむほどの陽射しを避けて、木陰を選びながら歩いていたオバサンは思ってしまいました。

沖縄は数日前に梅雨入りしたそうですね。
関東ももう間もなく、あのしっとり(じっとり?)した空気と蒸し暑さの季節がやってきます。

でも、それにはまず、この緑の季節を味わってから。。。。