セレニティカウンセリングルーム

時計職人のおじいさん

駅前に一軒の時計屋さんがありました。昔からこの土地にお店を構えていたと思われる風情の、こぢんまりとしたお店でした。ときどき店の前を通ると、おじいさんが時計を修理しているらしく、カウンターで背を丸めているのが見えました。

ある日、店の入り口に張り紙がありました。「この度、閉店することになりました。長年のご愛顧、誠にありがとうございました」

それからしばらくして店の前を通ったところ、ウインドウ越しに見える陳列棚には時計がほんの少し残っているだけでした。ほとんどガランとした店の中では、以前と同じように、カウンターにかがみ込んで時計を修理しているおじいさんがいました。最後の仕事の依頼だったのでしょうか。

そんなことがあって数日後、たまたまテレビで、イタリアの片田舎でのある家族の暮らしを伝えた番組を見ました。家族の一人は時計職人のおじいさんでした。80は過ぎていると思われる白髪の老人は、インタビューに答えて「動ける間は仕事を続けていきたいね。生きている限り、ずっとね」と、優しい笑顔で机の上の時計に向かっていました。

三世代同居で暮らす住居の一室に、おじいさんの修理のスペースがあるらしく、明るく気持ちよくしつらえられた室内に、木製の机が温もりを感じさせて、おじいさんの幸福な暮らしを想像させました。

閉店した時計屋のおじいさんも、もしかしたら「まだまだ時計の修理はできるぞ」、と思っていたかもしれません。それとも、「リタイアして悠々自適、好きなことをして過ごすぞ」、と思っていたでしょうか。詳しい事情は何もわかりません。

いずれにしても、子や孫に囲まれて暮らしつつ、自分の技術が必要とされ、死ぬまで仕事に情熱と誇りを持って続けていかれたら、最高に幸せな生き方の一つであることは間違いなさそうです。

それにしても、しかたのないことですが、お店が閉店するのって、何だかやっぱり淋しいですね。

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