セレニティカウンセリングルーム

カテゴリー 『 社会 』

映画祭で野菜をゲット!

えーーー?ウソ~~!っと驚くくらい時間の経つのが早いこの頃です。
すっかりご無沙汰してしまった言い訳でもあるのですが、事実、なんだか時間が飛ぶように過ぎていく感じがしませんか?

世の中も次々と信じられないようなこと・信じたくないことが起きてしまって、いったい全体どうなってしまったのかというこの頃です。

ネットで誰かがつぶやいていました。「今日は1時間瞑想して、なんとか保っている」。。。。。

私のなんちゃって瞑想(?)も細々ですが続いております。そして、瞑想に助けられています。

写真は先日見た映画祭のフライヤーと、その映画祭で買った無農薬野菜です。丸いのはズッキーニで、この形は初めて見ました。味は普通のズッキーニと同じでおいしかったです。
映画祭は組合系の映画祭だったので、労働者の団結を描いた映画やドキュメンタリーが主で、一日になんと5本も上映され、合間に物品販売も。

ゆでた枝豆や無農薬のブルーベリーとかも(こちらはその場でお腹の中に収まりました。おいしかったです^^)

毎年やっているようなので、もしご興味おありでしたら、来年ぜひいらしてみてください。

フライヤー表面の映画は『パレードへようこそ』
イギリスはサッチャー政権の頃、ゲイの若者達が差別感情の強い保守的な炭坑町の労働者と団結して、お互いの権利擁護のパレードに結集をめざすという、実話を基にした映画です。エンターテインメントの要素もあって面白かったです。イギリスの俳優さんて個性豊かで味わいがあるなといつも思います。

倉敷、児島虎次郎記念館

もうすっかり秋ですね。
同時に台風シーズンでもあります。
今日は関東もあちこちで大雨警報が出ていますが、皆さんの地域は大丈夫でしょうか?

8月も数日で終わるという日に、所用で岡山に行ったのですが、せっかくなので倉敷にも足を伸ばしました。

夏の観光のピークも過ぎ、何となく「祭りの後」のようなもの悲しい感じさえ漂っていました。ビアガーデンは閉まっているし(アルコールがダメな私には関係ないですが)、観光客もまばらで、「もう夏は終わりだなあ」という空気が感じられました。

そんな中、ふと入った「児島虎次郎記念館」がよかったです。

ここも観覧者は私と、他に一人だけ。建物は明治期の紡績工場の織物倉庫なので、重い織物を天井まで積み上げたときに耐えられるよう床板の厚さが6~7センチはあろうかという重厚な建物です。現在のクラボウ(倉敷紡績)の発祥の地になります。

児島虎次郎さんの絵が素晴らしかったです。有名な大原美術館の所蔵絵画は、倉敷紡績のオーナーであり、美術館創設者の大原さんが、パリ在住の児島虎次郎の進言で収集を始めたものだそうで、当時まだパリ画壇でも注目されていなかった印象派の絵画もいち早く収集しているのは、児島の審美眼の的確さゆえだったと思われます。あの有名なエル・グレコの「受胎告知」も実物がここにあるのです。

東京の美術館などに比べると、本当にさりげなく展示されていて、そこにまた親しみを感じました。(写真を撮るのも忘れて見学していて、ほとんど写真がありません。何となく雰囲気を感じていただければ・・・)

感動したことがもう一つあります。
大原孫三郎さんは企業人であると同時に、社会貢献でも重要な仕事をしていました。友人のクリスチャンに影響を受けたそうですが、社員の健康や安全な労働管理、生活支援のための生協活動や厚生設備、社員のための保育所整備や孤児院の運営まで、企業の発展を図りつつ、社会的にも大きな貢献もしていたという事実は、写真や事実で読むだけでも胸のすく思いがしました。

今の社会を見るとき、大企業の多くが収益を一部の者の懐を潤すことのみに使い、そこで働く労働者がないがしろにされ、地域社会にも冷淡であるという事実が社会問題にすらなっています。明治期の企業人には、大原さんに限らず、社会全体を視野に入れ、人間的な目て企業を運営する視点と度量があったのです。そうした人物を生み出す社会、そうした人物を育てる教育であってほしいとつくづく思います。

結局半日を、児島虎次郎記念館と大原美術館で費やし、他の観光地は観ることもなく帰ってきてしまったのですが、それでも大満足でした。とっても幸せな半日を過ごすことができましたから…。もし、倉敷にいらっしゃたら、大原美術館はもちろん、児島虎次郎記念館にも、ぜひ足を運んでみてください(先に児島虎次郎記念館を観て、それから大原美術館に行くのがお薦めです。係の女性のアドバイスなんですが、より味わいが深まります)。

「アサーション」と人権、そして憲法

またしても長いことブログの更新をサボってしまいました。
本当にごめんなさい。
書きたいことがなかったわけではないのですが、気づいたら2ヶ月近くにもなってしまって・・・。

ところで、夏から秋にかけての夕暮れ時は、ビックリするくらい鮮やかな夕焼けを見られる時があります。

先日、ワークショップのレジュメ作りにちょっと行き詰まったとき、ふとカーテンを開けたら真っ赤な夕焼けが・・・。
こんなとき、思わず誰かに教えたくなってしまうのはなぜでしょうね。
「ねえ、見て!見て!夕焼けよ!」って・・・・。写真ではその十分の一もお伝えできていないので、この十倍の鮮やかさだと思って見てくださいね。

さて、今日はアサーション・トレーニングについて、人権とのからみで少し書きます。

アサーション・トレーニングでは毎回、基本的な考え方をお話しする中で、人権についての話もします。自己表現は基本的人権の主要な権利の一つだからです。

基本的人権は、人種・性別・能力・職業・地位などに関わらず、すべての人が生まれながらに持っている権利です。
だから、基本的人権である自己表現をしないままでいると、長い間には自分の気持ちがわからなくなったり、小さな事でも自分で決めることが難しくなったりという弊害が出てくることがあります。だから、些細なことでもちゃんと意思表示することは大事です。と、自己表現の大切さは、基本的人権を行使することでもあるという流れでお話しします。

実際、トレーニングの中で、自分の思いを自分の言葉で表現できたとき、誰もが本当に生き生きと輝いてきます。表情が和らいで、エネルギーが体の中から解放されたかのように変化します。特別大胆な何かを口にしているのではないのです。日常のちょっとした一言なのですが、それが口にできるかどうかはとても大きな意味を持つのです。こうした変化を目の当たりにすると、一人ひとりが素晴らしい個性をもった存在なんだって実感させられます。

こんなふうに、アサーション・トレーニングの度に自己表現の大切さと、自己表現を保障されているありがたさを実感しています。

ですから、今、問題になっている憲法については、個人的にも仕事上でも、私にとって非常に大きな関心事でもあります。自己表現の自由が保障されなくなる懸念があるからです。

私たちは戦後の日本で、今日まで平和憲法に守られて生きてきました。空気のようで目に見えないけれど、確実に私たちは憲法によって守られていました。その私たちが、将来の世代に対して、人権をないがしろにした社会で生きることを押しつけるなんてできません。

戦争の記憶が薄れていく中、親世代から戦争の話を聞くことのできた最後の世代が私たちです。やがて戦争を記憶している人がいなくなったとしても、平和な社会づくりへの貴重な道筋を示してきた日本国憲法を「守る」だけでなく、「守る」から「使う」へ、そして「使い続ける」、さらには「使いこなす」日本であってほしいと願っています。

自分にできることは小さいですが、やれることをやっていきたいと思います。

夕焼けの美しさを、安心して心から美しいと思えるのも、平和であればこそですものね。

沖縄(嘉陽)の浜辺

またもやすっかりご無沙汰してしまいました。

もうすぐ雛祭りですね~ ^ ^;

季節は梅から、桃へ。。。

まだまだ寒いけど、春を感じるときもありますね。

☆  ☆  ☆

☆  ☆  ☆

写真は11年前に訪れた沖縄の名護市嘉陽(かよう)の海岸です。
当時、まったく偶然にブログを通じて知り合った沖縄のお友達と、知り合ってから一週間後に沖縄で催されたライブにご一緒しました。おまけに彼女のご主人の車で沖縄本島北部まで案内してもらいつつドライブするという「おんぶに抱っこ」の旅程を過ごさせてもらったのでした。
Bさんとご主人様、その節は本当にどうもありがとう!

何しろ、ライブ会場の前でお互い顔も知らずに携帯番号を頼りに電話を掛け、行列の中から携帯電話を耳に当ててキョロキョロしている相手を見つけて、「あ、いたいた!!」と手を振り合ったのが初対面でした。でも、昔から知っていたかのように意気投合。

そして席に着くや否や、彼女が「明日夫の車で辺野古に行くんですけど、よかったらいかが?」と誘ってくれたのです。
「え?いいんですか?」と、一応は遠慮がちに言って見つつ、心はもうすっかりその気に。。。

そんなこんなで、辺野古の米軍基地反対の座り込みをしているおじぃやおばぁの所へ、彼女の持参した差し入れを持参して、その後大浦湾を回ってこの美しい海辺に連れて行ってもらったのです。

もちろん、もちろん、辺野古もこの海と同じように美しい海でした。あの海を実際目にすると、そこに基地を造ることなど、どんな理由を付けられても首を縦に振る人はいないでしょう。一人の生身の人間として考えた場合。

国家や政治やお金やら権力やらで、人間が自分の大事な感性に頼らないで決めたときに判断を誤るのでしょうね。

毎日、調査や工事のための重機やオモリで、珊瑚が潰されていくのが辛いです。
珊瑚の生きられる海でないと、ジュゴンのエサもなくなってしまいます。

一人ひとりにできることは小さくても、未来の世代にもやっぱりこの美しい海と、そこに生きる人々の生活を守りたいと、祈りつつできることをしたいです。

11年前の春、この海で2時間もなん~んにもしないで、ボンヤリ座っていました。時々近所の人が犬を連れてお散歩に来たり、親子連れが網打ち際で遊んだり。。。2時間もいて、私たち二人以外に、ほんの数人だけ。ご主人はお仕事で私たちだけ落っことしていってもらったのです(拾ってもらって帰りました。お世話になりっぱなしでした)。

おしゃべりしながら、石ころや砂でいたずら描きしたり、波の音とサヤサヤ草を渡る風の音だけが聞こえる、ただただ至福のひとときでしたよ。

そう、絶対この海は残さなくては!!!

 

思わぬところで・・・桜プロジェクト

「桜プロジェクト」


(写真はクリックすると大きくなります)

先日、仙台方面に旅行しました。
仙台駅の在来線への乗り換え改札口を通り過ぎようとして、ふと横を見ると、こんなパネルが・・・。
どこかで見かけたような・・・と思いつつ、タイトルを見て思い出しました。東日本大震災の被災地に応援メッセージを贈ろうという催しを、7月頃に川越駅でやっていたのです。

☆☆☆

大学に行く際の乗換駅が川越なのですが、その川越でやっていた催しの成果が、ここ仙台駅に届けられていたのです。川越駅に、「被災地に皆さんからのメッセージを届けました」というお知らせが貼ってあったのも覚えています。それが、ここだったんですね。制作過程とその成果と、偶然両方を目にすることができたなんて!!

☆☆☆

桜の花の形に切り拭かれた紙に、各々メッセージを書き込んでパネルに貼り付け、桜の木に見立てる。そんな催しでした。私自身はメッセージは書いていませんが、こうしてパネルになって仙台の人々に見てもらえるというのは、川越と仙台がつながったような気がして、被災地を忘れないというメッセージとしての意義を感じました。

実は、川越でこのパネルを見たときには、その意義についてあまりピンときていませんでした。ところが仙台でこのパネルを目にすると、受け取り方が全然違いました。「忘れていません」というメッセージが素直に伝わって来て、人の温もりを感じました。手書きというのがまたいいです。

大きなプロジェクトではなくても、人が勇気をもらえたり、元気になったりするのは、ちょっとした人とのコミュニケーションなんだなあと改めて思いました。今度、こうした催しに出合ったらできるだけ参加したいなと思いました。