
暑中お見舞い申し上げます。
本当に暑いですねえ!
朝から気温がぐんぐん上昇し、こちらでは連日35度超えです。とは言いながら、セミの声が聞こえてくると、もう夏も後半になるようで、暑ささえ名残惜しいような気がしてくるのが不思議です。子どもの頃の「あと少しで夏休みが終わっちゃう~!」という記憶が染みついているのでしょうか・・・。
そうした暑いこの時季、今年も巡ってきます。
今日は広島の原爆忌です。その三日後には長崎、そして終戦記念日へと続きます。8月は祈りの月、平和を誓う月とも言われます。
私はこの頃の社会の空気がとても気がかりです。
「平和とはどんな状態?」と問われれば、戦争がない状態というだけでなく、人々が飢えや貧困から解放され、人権が守られるなどして初めて平和と言えるという見方もあります。その意味では日本も手放しで平和とは言えないかもしれません。が、それでも紛争の絶えない世界情勢から見たら、爆弾が降ってきたり命令で人殺しをしたりしないですむ日本は、やはり平和な国と言って間違いないでしょう。
ではあるのですが。。。。。最近はこの日本の平和な状態が脅かされていると感じることがあまりにも多くなっている気がするのです。
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たとえば、ここさいたま市でも、つい最近ありがたくない出来事が報道されました。公民館の俳句サークルが選んだ句が、毎回「公民館便り」に掲載されていたのですが、7月号では『世論を二分する内容を詠んでいるから』という理由で、「公民館便り」への掲載を拒否されたのです。
「梅雨空に 『九条守れ』の 女性デモ」
この俳句が許されないとは?!ビックリです!
もちろんいろいろな受け取り方があって良いと思います。だからこそ、これをどう受け取るかは人それぞれに任せるのが表現活動の醍醐味であり、芸術や文化なのではないでしょうか。皆さんはどう思われますか?
本来、公民館は市民の自由な表現活動を推進する場として設けられた場所です。にもかかわらず、その公民館が政治的な判断で市民の活動に制限を加えたことはとても問題です。政治が教育に介入することを厳しく禁じた「教育基本法」の主旨から大きく外れているからです。
そもそも公民館とはどういうところでしょう?
少し調べてみました。
公民館は「社会教育法」の下に設置されます。「社会教育法」は「教育基本法」の下に制定されています。その「教育基本法」は憲法の理念を具体化するために制定されたものです。したがって公民館活動は、いわば憲法の実践編なわけです。
市民が自由な表現活動を通して成長できるよう、環境を整え、学ぶ場を提供することが公民館の役割です。公民館が、そこでの市民の活動や発表の中身について制限することは越権行為なのです(もちろん宗教や政治団体の使用については制限されますが、今回のケースはそれに当たりません)。
作者や多くの市民から抗議があったにもかかわらず、結局、さいたま市では、全公民館に対して『世論を二分するテーマを扱った表現活動については、掲載を見送るべき』という通達を出しました。公民館側が、逆に公民館活動に政治的判断を持ち込んでしまったことになります。市長もこれを支持しました。
市長も職員も「世論を二分するテーマ」かどうかを判断すること自体が、政治的行為であることに気づいていないことは残念なことです。人権や憲法擁護の意識の低さを物語っています。さいたま市の教育全体に関わる重要な問題と思います。今後も、この問題は引き続き考えていかなくてはならないでしょう。
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このさいたま市の例だけでなく、全国各地で表現活動の制限が少しずつ出てきているようです。それに加えて、国民の声を無視した政策や法律改正が次々と進められ、とどまるところを知らない勢いなのも大いに不安です。
そんな中、先日、幼いお子さんを持つ30代のお母さんとお話しする機会がありました。そのお母さんがある時、ママ友と次のような言葉を交わしたそうです。
お母さん「子どもの将来が心配!日本が徴兵制になったらどうしよう」
ママ友「心配し過ぎよ。そうなったら、その時に考えればいいじゃない」
ママ友だけでなく、周りの反応は大体がそんなふうだそうで、「心配している自分は考えすぎなのだろうか?」と、お母さんは一人で深刻に悩まれていました。
「そうなったら、その時に考えればいい」。
今だから言える言葉だと思います。平和な今だから「そうなったら、その時でも言える」と思ってしまうのですが、戦争になれば自由な発言はできなくなります。現在でさえすでに、公民館での掲載拒否のように、言いたいことが言いにくくなってきているのですから・・・。
「その時になってからでは遅い」と私は思います。「言えるときに言い、行動できるうちに行動しないと」と思います。私にも3人の息子と、3人の孫がいます。彼らが戦争で犠牲になるのはゴメンです!人殺しをさせたくもありません!
私の父母は戦争体験者ですが、私自身は戦争を知らずにここまで生きてくることが出来ました。それは平和憲法のおかげだったのだと思います。まるで空気のように、憲法が当たり前のように平和な社会を保障してくれていたからです。憲法の恩恵は当たり前すぎて気づかないくらいだけれど、実は貴重な財産だったのだと、今になって改めて気づかされています。
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この「空気のように」で思い出すエピソードがあります。
。。。。。
思いがけず長くなってしまったので、続きは明日に回しますね。ここまで、長々と読んでくださってありがとうございました。ではこの続きはまた明日。
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わあ、何という長きにわたるご無沙汰!!失礼いたしました。
本当に月日の経つのが早いですね。あっという間に7月も終わりそうです。そんなこんなで、5月以来更新していなかったとは!
久しぶりに、喜ばしいお祝いに参加させていただきました。というのは、私くらいの歳になると、弔事の集まり事は増えるのですが、お祝い事はなかなか呼ばれることも少なくなります。自然な流れなのですが、久しぶりにお祝いの席に参加させてもらって、幸せは伝染するものなんだと思いました。
幸せな人を見ていると、こちらも幸せな気持ちになります。

ミュージシャンと女優さんの結婚パーティだったので、会場にはいろいろなパフォーマンスのできる人が大勢いらしたようで、皆さんノリのいいこと。かけ声やアンコールはまるで打ち合わせがあったかのようにパッと決まるし、盛り上げるのもうまいし、楽しくてみんなの新郎新婦を祝福する気持ちが伝わってくる素敵なパーティでした。
祝福されるお二人も、日頃から表現活動を通して地道に社会貢献を実践していて、そうした日々の結実がこの日の幸せに自然につながったようなカップルでした。セレニティでは新郎の下館直樹君には「2200kmを結ぶ!音祭り」(←クリックすると音祭りの写真が見られます)でお世話になったり、「もっとソロライブをやって!」とか、「CDはいつ出るの?」とか、なんだかんだと小うるさい姐御をやっては新郎を困らせていたのですが、いまや勝手に、身内の結婚のように喜んでおります。愛さんというこんなに心優しく愛らしく芯の強いパートナーを得て、よかったねー!
すごく若いというわけではない(ゴメン!)お二人だけど、若い人も及ばないくらい、と~ってもピュアで初々しいカップルです。
帰り道、夜空にこの日のテーマ「永久の満月」が、煌々と輝いていました。ひときわ輝きが増したように見えたのは、私の幸せな気持ちのせいだったのでしょうか?

(良い写真が撮れなくてごめんなさい)写真そっちのけで見入っちゃってたので・・・。
「永久の満月」。。。。
♪ ~ しあわせは、みんなとともに集うとき 愛があふれて とわの満月 ~ ♪
月、好き、つき、すき。。。。。。。
エンジェルクミちゃんの歌詞に直樹くんが曲をつけて、大事に歌われている歌です。

永久の満月が、日本中に広がりますように・・・。
心からそう願いたくなる、温かくて素敵なパーティでした。
参加したみんなにありがとう。
ここに参加していないみんなにもありがとう。
感謝の気持ちが自然に湧いてきました。
直樹君、愛さん、本当におめでとう!
直樹君、これからもよろしくね。
愛さん、これからは私も一緒に、よろしくね ☆
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またもや季節がずれた写真でごめんなさい。
5月の連休明け頃に撮った写真です。あの頃はツツジが真っ盛り。甘い香りを放っていましたっけ。
そんな季節もあっという間に過ぎ、今日は真夏のような暑さです。そよ風が心地いい季節ってあっという間に過ぎてしまうんですよね。
とはいうものの、このところ通勤の車窓から見る田園風景が毎日黄緑色に変化していくのは、この時季ならではの楽しみでもあります。
水を張った茶色の田んぼに苗が植えられると、苗が水面に反映して田んぼがきらきらと緑色(といっても浅い柔らかな緑色)の鏡のようになるんです。ずーっと先までそんな田んぼが広がっている光景は、心が洗われるようなすがすがしさ!
どちらかというと都会育ちの私は、こういう風景に接する機会がほとんどなかったので、この年になってこうした季節の変化がとても新鮮で、興味を惹かれます。おそらく小さいときから見慣れている人にとってはなんの変哲もない光景なのだと思いますが・・・。
でも、この黄緑色の鏡も今だけですね、きっと。
今日のようなお天気が続けば、それらの苗もみるみる育ち、すぐに水面が見えなくなってしまうでしょうから・・・。
いつか写真が撮れるといいんですが・・・。
この話、いつかも記事にしたような・・・。なんか進歩してないな~。
でもやっぱり、私の中では季節の風物詩ということで、お許しあれ^^;
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「埼玉県こども自然動物公園」を初めて訪れました。
ここには「ピーター・ラビット」の作者ビアトリクス・ポターの資料館があるんですよ。大東文化大学によって運営されているようです。この資料館には興味があって、以前からネットで調べていて、一度は行ってみたいなあと思っていたのです。
資料館は、イギリスの湖水地方にあるポターの家を忠実に再現した建物だそうです。湖水地方といえば、ポターが個人所有にしてまで守ろうとしたくらい(今で言うナショナルトラスト運動?)美しい自然環境の地域です。
しかし残念なことに、この湖水地方のアイリッシュ海に面した一角に、その後、セラフィールド核燃料再処理工場ができてしまい、海と陸の汚染源になってしまいました。自然環境を守ろうとしたポターの精神から言えば、何という皮肉で残酷な展開!本当に残念でたまりません。
「ビアトリクス・ポター資料館」のホームページはこちら。

当然、この資料館も見学したと思われますでしょ?ところが、・・・今回はまさにそのチャンスだったのに、肝心の資料館は横目で見ながら通り過ぎるしかありませんでした(涙)。
幼い子ども達(孫)が一緒では、彼らの興味は圧倒的に「ジャブジャブ池」やシマウマや滑り台の方に軍配が上がりますよね~。
資料館は、また今度、となりました^^;
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こんにちは! 季節はすでに新緑の美しい爽やかな時を迎えていますが、すっかりご無沙汰してしまったため、桜の頃の写真のアップが遅れました。でも、ほんの2週間前の写真なのですよ。ずいぶん前のような気がしてしまいますよね。きっと周囲が圧倒的な緑の季節になってきているせいなのでしょう。

ちょうどアサーション・トレーニングの日、会場に向かう途中の八重桜が満開だったのです。この満開の八重桜を目に、春たけなわの自然の息吹を感じながらとっても素敵なイメージでトレーニングの会場に入ることができました。
その素敵なイメージを持って、参加者の皆さんとトレーニングできたことはとても幸せでした。

生き生きとフレッシュなエネルギーを感じることができる春はやはり、新しい事を始めるにはふさわしい季節のように思います。
アサーション・トレーニングそのものも、今までの自分の殻をほんの少し脱ぎ捨てて、新しい一歩を踏み出す自己表現のトレーニングですから、季節のエネルギーに背中を押されて、トレーニングの効果も一層上がろうというものです。
やっぱり人間も自然の一部なんだなあとしみじみ感じる季節です。
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