役に立つとは
先日、新聞の投書欄に次のような記事が載っていました。
80代のお年寄りの元へ、市役所の高齢福祉課から「生活機能評価」という調査票が届いたそうです。その中に「あなたは、世の中の役に立っていると思いますか」という項目があったそうです。
この方は、体調が悪く、地域の役員も断ってしまっているし、特にボランティアもしていないので、「役に立っていない」に印を付けて提出したそうです。以来、「役に立つとはどういうことか」ということを考え続けていると…。
それにしても、すごい質問があるものだと絶句しました。もし私がこの質問をされたなら、なんて応えたらよいのでしょう。
「私は役に立っているかしら?」もし、役に立っていないと思ったら、そんな自分に対して、何をどうすればよいのでしょう。
「もっとしっかり世の中のためになることをしなさい」という意味なのでしょうか?それは、お年寄りに向けて、「もっと働け」という意味なのでしょうか?高齢で、身体の具合が悪くても、まだ働けと?
この投書の主も書かれています。
役に立つとはそもそもどういうことをいうのでしょう。
人の価値には、何かが出来るとかではなく、その人の存在そのものが価値であることだっていっぱいあります。むしろ、人間の価値というか存在意義とは、本来そういうものではないのでしょうか。
役に立つとか立たないとか、また、役に立つとはどういうことか、この質問の意味は、今でも私にはよくわかりません。
赤ちゃんの笑顔は役に立ちませんか?
病気でも、
歳をとっても、
働けなくても、
たとえ寝たきりだったとしも、
その人がいることで周囲が支えられ、生きる意欲をもらえることはありませんか?
質問を作った人に訊いてみたくなりました。