セレニティカウンセリングルーム

カテゴリー 『 子育て 』

図書館に購入希望を

先日、拙著「『きちんと自分の気持ちが言える子』に」のご案内メールを差し上げたところ、ある方から嬉しいお返事をいただきました。

その方はすでに定年退職されて何年にもなられるので、直接お子さんに関わることは少ないとのことですが、お嫁さんに贈るためにと購入してくださったそうです。こんなふうに、直接ご自身が読まれるわけではないのに、周りの人に薦めたり、贈ってくださったりしていて、本当にありがたいことと思いました。

また、お近くの図書館に購入希望を申請していただけますと、より多くの方に読んでいただけるので、図書館に足を運ばれることがありましたら、お時間のあるときに、どうぞよろしくお願いいたします。

「きちんと『自分の気持ちが言える子』に」

「セレニティ通信」編集中

朝晩、少し涼しくなってきましたが、またまた日中の暑いこと。明日はもっと暑くなるのだとか。
それでも、夜、虫の音を耳にするとホッとします。

今、セレニティ通信の編集に追われています。ほとんど一年ぶりです。なんと前回が去年の10月!自分でもこんなに空いてしまってビックリ!失礼しました。

編集に追われていると言っても、厳格な締め切りがあるわけではありません。ただ、一応締め切りを設けないといつまでもできあがりませんので。

今週末か、来週にはできがると思います。その後、サイトにアップいたします。

さて、トップページの「お知らせ」でもご連絡しましたとおり、拙著「『きちんと自分の気持ちが言える子』に」(PHP研究所)がやっと出来上がりました。9月4日に印刷会社から納入されたそうです(どんな出来上がりかな?ワクワク)。

「PHP子育てNet」にご案内が掲載されています。お時間のあるときに、ぜひ、「PHP子育てNet」のサイトでご覧になってみてくださいね。こちらです。

滅多にないことですので、見てやってくださいませね(笑)。

そして、出来れば周りの子育て中のお母さん、お父さん方にもお勧めくださいませ。

「お嫁さんに」とお買い上げくださった方もいらっしゃいます。若い世帯へのプレゼントにはピッタリですね。な~んて、宣伝してしまいました。

著書刊行

毎日暑い日が続いていますが、皆さまお変わりありませんか?

セミの鳴き声が、このところ一段とにぎやかになってきた気がします。そろそろ夏も後半になるのですね。

ところで、。。。。

春から取り組んでいた本が、出来上がってきました。

本になってみると不思議な気持ちです。文章が縦組みになって、挿絵や表紙などいろいろな要素が加わると、自分が書いたものでも、初めて見るような新鮮な感じがします。

本のタイトルは「きちんと『自分の気持ちが言える子』に」。副題に(~意思表示できる子は伸びる~)とあります。

副題がつくとまた違った印象になって、自分が書いたものなのに、新鮮で不思議な気持ちがします。

 「子どもが思ったことを言いにくいのはなぜか、どんなところでつまづきやすく、どんなふうに手を貸してやったらよいのか、言えるように身近でできることはなにか―こうしたことについて、ふだんの生活に例をあげながら考えていきましょう。・・・・略・・・・

 子どもがちゃんと言えることで親子の笑顔が増える―そんなコミュニケーションへの手がかりを見つけていただければと思います。」(まえがきより)

どんなふうに読んでいただけるか。ドッキドキです。多くのお母さん・お父さんに役立つ本になっているといいなあ。

私の所に届いたのは見本なので、皆さまに実際に手にとって頂けるのは9月になってからのようです。一般の書店ではなく、全国の生協を通じての販売になります。

その時は、改めてご案内させていただきますね。

とり急ぎ、ご報告まで。

「聴く」時間を持つ

今から10年位前に17才の少年犯罪が多発し、社会問題化した時期がありました。先日、その頃に読んだ一冊を読み返す機会があったのですが、問題の指摘はそっくりそのまま今に通じるので、ちょっとビックリしました。少しも古びていません。でも、こういうことで鮮度が落ちないなんていう現状は、ちっとも喜べませんね、少し長いですが、引用します。

『「親が子どもにしてやれることは何だろう」と考えたときに、思い浮かべるのが学歴である。しかし学歴を与えれば一生安泰かと言えば、そのようにはだれも信じていない。信じていないが、親としてやれるのはそれくらいしかない、といまだ学校ブランドにすがっている現状が、近代化を達成した日本の親の姿でもある。

だが子どもは砂をかむようなつらさや、虚しさを抱えているのだ。

「みんなと同じにしていなさい」と「個性を発揮しなさい」。
「とりあえずいい大学に入りなさい」と「いい大学に入っても先行きは分からない」。
こうした相反するメッセージに縛られて、子どもは身動きがとれない。子どもは二つのメッセージに引き裂かれている。子どもは学校に行く意味を探っているのだ。

なぜ、学校に行くのか。その問いに対して、経済成長を目指して走る中で、大人は「大学に行ってから考えなさい」という先延ばし論でごまかしてきたが、もはや近代化が達成された段階では、ごまかせなくなった。』

不登校、学級崩壊などの問題も、なぜ学校に行くのかという子ども達の問いを含んでいると、著者は指摘します。

そして、「不登校は逃げだ」と言われるが、

『問題の所在は子どもにあるのではなく、大人の側にある。・・・長い間、逃げていたのは私たち、大人であった』と結んでいる。

(「少年サバイバル・ノート」西山明 P45~P46)

書かれたのは今から8年前ですが、このまま今も通用しそうです。

学生たちの相談を受けていると、進路に迷う学生も少なくありません。授業に身が入らず、成績がふるわないとき、このまま続けるか、退学して他の選択肢(就職、専門学校)を考えるか迷います。

一般的に学生達は気持ちが優しく、親に学費を出してもらっているので、親の考えを最大限尊重しようとします。大半の親は、迷っているわが子を前に、「とにかく大学だけは出なさい」と勧めます。

かくして迷いつつも学生は、もう一度努力しようと心を決めます。そして努力はするのですが、しかしほどなく、「やはりこれ以上は力が出ない」となって、また相談室を訪れることになります。

では親に限らす、私たち大人には、こんな時いったい何ができるのでしょうか?

実際、相談室にいても、私ができることは限られています。心のケアという面を除けば、実質的な効果では、いろいろな視点での見方や考え方を提供し、具体的な情報や情報を得る方法を示すことくらいです。

ときには、一緒に途方に暮れて考え込んでしまうこともあります。無力感にさいなまれることもあります。

ただ、それにもかかわらず、毎週話しに来る学生を見ていて思うのです。

話したいときに、話せる場があることが大事なのではないかと。それも、本人の意見を否定せずに、耳を傾ける場所であることが…。

子どもや若者が、迷い悩んでいるとき、アドバイスできたり、解決への方策を提供できればそれに越したことはありませんが、もしそうでなかったとしても、一緒に悩んだり、考え込んだりすることそれ自体が、大事な時間なのかもしれません。

そうこうするうちに、本人が何らかの出口を見つけたり、少しでも意欲を持てるようになれれば、それこそが本人の歩みの一歩になると思うのです。

そうした時間の共有が、大人にも立ち止まって考える機会を与え、この混沌とした時代に何らかの変化をもたらすのかもしれません。

「長い間、逃げていた」大人に、逃れられない問いが返されてきました。少しでも、子どもや若者の声を聴く(=心の耳で聴く)時間を持てればと思います。

やっと校正終了

春から取り組んでいた本の原稿の校正がやっと終わりました。月曜締め切りだったのですが、原稿を送り出したのが日曜の午後。宅配便の4時の集荷に間に合わせなくてはなりません。お店に持ち込んだのが3時50分というスリリングな展開で、送り出したらドッと疲れが……。というわけで、昨日、今日はまだ何だかボーッとしています。

タイトル:『きちんと「自分の気持ちが言える子」に』

副題:―意思表示できる子は伸びる!―
(PHP研究所)

私としては、タイトルに少し違和感があるのですが、出版の事情としては、まず読者が手に取ってくれないことには始まらないので、ということのようです。親の求めるもの=時代のニーズでもありますから、直球のタイトルに心惹かれるというのは理解できます。

確かに、手に取ってもらわなければ始まりませんものね。読んでいただいて真意が伝わればなあと思います。

意思表示することで、子ども一人ひとりがイキイキと自分らしさを発揮し、自己肯定感情を育てていく…お母さん・お父さんがそれをサポートしながら、自分たちも自己表現がうまくなって自己肯定できる、そんな欲張り(?)な内容をめざしたのですが、果たしてどうでしょうか。

刊行についての詳しいお知らせは、後日改めてさせていただきます。