「人間が何人か集まればイヤなこともあるし、トラブルもある。意見がぶつかってもいいし、やりあってもいいんだよ。
それに、イヤな人間ばかりじゃないよ。
一度きりの人生、自分がイキイキできるように、生きていこうよ。」
また言ってしまった!
学生さん達と話していると、おとな達からいじめられた経験を少なからず聞かされる。おとなの一員として何とも返事のしようがない。彼らは、それで人間不信に陥ったり、傷ついた体験を誰にも言えず持ち続けた結果、疲れ果てていたり…。
それでもあきらめずに、人間関係をつくっていってほしい。
人を嫌わずにいてほしい。
そう願って思わず力が入ってしまう。
もちろん私自身できる協力は惜しまないつもりだけど、実際はたいしたことはできない。
たいしたこともできないのに、元気出せと言っているハチャメチャな理屈。でも、応援しているおとなの一人として何かが伝わってくれれば……と思う。
ああ、カウンセリングは無力かも?…、と思ってしまう瞬間だ。
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前回、大学のキャンパスで繰り広げられていた展示会はこちらです。
「国際野外の表現展2007比企」
ちょうど日記を書いた14日までの催しだったようです。
来週後半だったら時間ができて観られるかなと思っていたのですが、考えてみたらそんなにいつまでもやっているわけありませんね。
大学ももうすぐ学園祭ですし、絵画展もフェルメールとかムンクとか大きな催しがあれこれあるようで、まさに<秋>、ですね。
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通りのあちこちからキンモクセイの香りが漂ってきて、秋を深々と深呼吸したい気持になります。
この間など、大学の相談室から通路に出たとたん、キンモクセイの香りがほわ~っと…。ビルの三階、しかも通路も外部とは仕切られているにもかかわらず、です。
吹き抜けのホールから風に乗って吹き込んできたのでしょうか。
この時季、大学の校内にはさまざまな芸術作品が展示されています。毎年、国際野外展覧会(正式名称は?)の会場になっているのです。
建物内外に、布や金属、竹や木、紙など、素材もバラエティに富んだ大小さまざまな作品が展示されていて、キャンパス全体がちょっとしたミュージアム状態です。
「これは何?」と思うような作品もあって面白いです。
とはいえ、帰りを急いでしまってじっくり見ていないのが現状なのですが…。
それでも、吹き抜けのホールに掛け渡された彩り豊かな布の作品は、目にするたびにさわやかで、一年中展示しておいてほしいなあと思うくらいです。
今日はこれから定例のアサーション・トレーニングです。「セレニティ通信」も目下編集中。
それでは、・・・行ってきます。
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ある図書館でのことです。
児童書のコーナーに行き、絵本の棚から一冊抜き出そうとしました。
ところがどうでしょう、隙間なくギッシリ並べられた絵本はとても片手で簡単には引き出せません。一方の手で本と本の間を押し広げて、やっと一冊抜き出すことができました。戻すのもたいへん。さっきと逆に、本の間を押し広げて、間にねじこむように戻さなくてはなりません。
ここは絵本の棚です。子どもの目線の低い位置に作られた棚です。その棚がこんなにギッチリなんです。
おとなの私でさえそうなのですから、子どもがサッと引き出すのはとても無理でしょう。
おまけに、絵本は表紙を見て選ぶことも多いのに、ビッシリ並んでいては背のタイトルしか見えませんし…。
その日は平日の午後早い時間でした。
もっと混んでいると思って覚悟して行ったのですが、拍子抜けするくらいガランとしていました。3歳くらいの女の子とお父さんが一組だけ。
でも、なんだか理由がわかった気がしました。
パラパラとめくって楽しめる絵本。
字が読めなくても、手に取りたくなる本。
何となく手にした絵本がお気に入りの一冊になることもあります。
たまたま手にした一冊が面白かったからという理由で、図書館通いが始まることだって…。
キッカケなんて案外単純なものかもしれません。
それには気軽に手に取れること、これがまず第一。
簡単に抜き出せないほどギッシリ並んだ絵本では、そんな楽しみから遠ざかってしまいそうです。
子どもに歓迎されていないのは、こんなちょっとしたことが原因なのかもしれないと思いました。
いや、でも、よーく考えてみたら、これってちょっとしたこと?些細なことなのでしょうか?
当の子どもにとっては些細なことなんかではなくて、もしかしたら、一番大事なことかもしれません。だって、
「物理的に」手に取りやすいかどうか、ですから…。並べ方一つで、利用しやすいかどうか、何度も通いたくなるかどうか、決まってくるのかもしれませんね。
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東京のお昼時。オフィス街のコーヒーショップに入りました。
明るくおしゃれな感じの店内は、そろそろランチタイムのピークになるらしく、OLや会社員でどんどん席が埋まっていきます。
歩き回ってのどが渇いていたので、とにかく飲み物とサンドイッチを適当に選んで、急いで席を確保。ホッと一息ついて、気づいたことは…。
いつの間にか、店内の席はほとんどが埋まってしまっていたのですが、見たところ、若い人達ばかりなのです。20~30代と思われる人達です。中に一人だけ40代と思われる男性が。そして、オバサンは私だけ。
皆、この近くの会社にお勤めの常連さんらしい雰囲気でした。異次元空間に迷い込んでしまったような感じで、ちょっとソワソワ。
ますます混んできたお店を後に、通りを歩けば、道ですれ違うのも圧倒的に若い人達。
平均年齢30歳くらいの街?かと錯覚を起こしそうな、「新鮮」な体験でした。
かと思うと・・・、
その後、休日にショッピングモールに行ったときのこと。そこでは若いパパ・ママと赤ちゃんと子ども、そしておじいちゃん・おばあちゃん世代が目につきました。
OLや会社員、若者や中高生はほとんど見かけませんでした。
まるで住み分けているみたい!場所によって世代が偏っているのにはビックリしました。。
そういえばいつかこんな声を聞いたことがあります。
「ふだん若い人達とふれあう機会がないので、一度中学生や高校生と話してみたいなあ。」30代のOLさんでした。
私たちは知らず知らずのうちに、意外に限られた生活スペースで、限られた人達とだけ会って生活しているのかもしれません。世代や生活形態によって、生活する場所がハッキリ分かれてしまっているのでしょうか。一昔前にはあまり考えられなかったことだと思うのですが…。
いろいろな世代の人達と交流する機会がほしいですね。
そうしたらお互いを理解しやすくなるでしょう。
生活の彩りも、より変化に富んだものになるでしょう。
これからの街づくりにはそうした視点も欠かせない気がします。
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