セレニティカウンセリングルーム

関連するコトバ 『 家族、友人 』

他愛ないオシャベリ

夏休み間近のある日、大学の学生相談室に、ヒョッコリ、A君がやって来た。A君は今年の卒業生だ。心身の不調で卒業できるかと成績を心配していたが、何とか無事卒業できたようで、私もホッとしていた。でも、就職先が決まらないと言っていたので、気にはなっていた。

「ちょっとだけ話していいですか?誰か来たら、すぐ帰ります。」

遠慮がちに言うA君。

持病もあり、対人関係も苦手、家族ともコミュニケーションがとれていないという状況で、一刻も早く仕事を見つけて自活したい。でも、仕事が決まらない。と、暗中模索の堂々巡りが何ヶ月も続いていた。

その日も、イスに座るやいなや、
「ダメです。決まらないッス。就職先、何度面接受けても、みんな落ちちゃって」

質問しながら、いろいろと現状を聞いていくが、聞けば聞くほど八方ふさがりの状態で、私としても掛ける言葉もない。学生相談なら、相談に乗りようもあるけれど…。卒業生では、話を聞いてあげるのがせいぜいだ。

「そう、困ったわね」と、一緒に考えこんでしまった。

すると、「迷惑がってません?」と訊いてきた。

「別に迷惑とは思っていないけど、何か有効なアドバイスもできないし、どうしたらいいのかと考えているのよ」
と正直に言った。

そして気持ちを切り替え、ズルッとした姿勢でイスに腰掛けたA君を見て、ふと、こんな言葉を投げかけたくなった。

明るい調子で笑いながら、問いかけた。
「もしかしたら、面接の時、そういう態度で行っていない?」

「ええー?行ってませんよ。そんなことはないっす。絶対にないッス。今だけですよ」と、笑いながら、「ありえない!」というふうに、猛烈に否定している。

私「そう、ならいいけど、態度は大事だからね。気持ちがあるなら、それをちゃんと表さなくちゃ。」

すると、

A「あ、もしかしたら、読まれてるかも、相手に。そんなにその会社で働きたいとか思ってないから。とりあえずどこかにと思っているから」

私「無意識のうちに気持ちが態度に出ているかもしれないわね。少なくとも、今仕事が欲しいなら、『やらせてもらえるなら一生懸命やります』という態度で面接に臨まないとね」

「とにかく、態度の大きいのはダメよ!」と、こっちも笑いながら、ビシッとクギを刺す。

A君、それは分かってますと何度も言いながら、

「あー、ラクになった!ずっと誰とも話してなかったから~。」
と、ほんとに肩の力の抜けたような一言。

私「誰でもいいから、話ができる相手がいるといいね。売店のオバサンでも誰でもいいから、ちょっとしたオシャベリができるだけで、違うでしょ」

「無理ッス」と、首を振りながら、立ち上がったA君。

「仕事見つかるように祈ってるからね」

「はい、ありがとうございました」
来たときよりは、少しだけ元気な後ろ姿に、私もホッとする。

他愛ないオシャベリのできる、家族、友人、同僚、誰でも良いから、話せる相手がいれば…と思う。

日本中に、日頃、誰ともオシャベリすることのない多くの若者が、悶々と一人で苦悩を抱えているのだろうな。
人に話したからと言って、問題が解決するわけではないかもしれないけれど、少なくとも一時元気を取り戻せれば、また自分で歩き出そうという気持ちにもなれるだろう。

対人関係が苦手で、一見、人を遠ざけているように見える若者も、心の底では人との触れあいを望んでいる。A君に限らず、学生達の中には、日頃、家族とも友人とも会話をほとんどしないという者も、珍しくないことが彼らの話から伺える。

どうかほんの少しでいいから、人のつながりがゆるやかに結べる社会になってほしいとつくづく思う。
今日もまだA君は、面接にと向かっているのだろうか。

日本中のA君、とにかく生き抜いて!
自暴自棄にならず、このつらい一時を何とかやりすごそうよ。
がんばれー!

(日頃、相談室で学生達の悩みを聞く中で感じていることを、A君個人の出来事に絡めて書いたものです。趣旨を変えない範囲で設定に手を加えてあります)