先日、東京の公立小学校で、塾と連携して夜間の特別講習が行われたそうです。
民間の経営手法を学校に応用すべく抜擢されたその校長先生は、「噴きこぼれ」をつくらないための新しい取り組みだと言われます。
その夜間スペシャル塾についての是非はこの際置いておきますが、この校長先生の言う「噴きこぼれ」という表現が気になりました。
その校長先生によれば、いわゆる成績上位の子ども達、もっと成績を上げたいのに、学校が教えないために学力を伸ばせない子ども達を「噴きこぼれ」と呼んでいるのだそうです。
従来から落ちこぼれという言い方がありました。私は、この表現も好きではありません。
「落ちこぼれ」と「噴きこぼれ」、どちらも人を人と思っていない発想から出ているように感じられてしまうからです。学校という「器(鍋)」がまずあって、そこに納まるか納まらないか(基準に合うか合わないか)という発想だけで子ども達を分類しているように感じるのです。仮に、本気で子どもたち一人ひとりに向き合うつもりがあったなら、「鍋」という発想は出てこないだろうなあと。
とは言っても、現実問題としてすべての子どもたちに個別指導するなんて無理ですし、一斉授業で教えるのはしかたありません。でも、だからこそ、学校はどんなにがんばっても個々のニーズには応じきれない部分もあるし、子ども達を集団の一員に過ぎないと見てしまうことのないように最低限意識しておくことが必要になってくるのではないでしょうか。
それに何より、先生に「落ちこぼれ」「噴きこぼれ」と呼ばれたら、子どもとしてはとても悲しい気持ちになりますよね。面と向かって自分に言われるのではないとしても、自分たち生徒が先生にそう言う目で見られていると思うことは、淋しい気持ちにすると思います。
おソバをゆでていると、ふわーっと泡が盛り上がって鍋の縁からお湯が溢れそうになる。ギリギリでお水を一杯投入、が一瞬間に合わなくて、少しだけお湯が噴きこぼれた。・・・・・子ども達は「噴きこぼれ」なんかじゃない!
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大学の後期授業が終了しました。学生相談室はお休みになります。
当然4年生の学生達は卒業していきます、カウンセリングが終了してもしなくても…。
相談室での悩みも解決し、晴れて卒業する学生の場合は、私もとても晴れ晴れした嬉しい気持です。
いっぽう、大学の相談室では手に余る問題のこともありますし、短期間に解決できない問題のことも…。そうした場合にも、卒業と同時にカウンセリングのまとめのような形に持っていかなくてはなりません。
ここが一般のカウンセリングルームなどと違うところですね。カウンセリングの途中であっても終結しなくてはいけないのです。
複雑な心境です。もちろん、卒業に合わせてカウンセリングが終了して送り出せるように最大限努力するのですが、必ずしも願ったとおりには進みません。
そうしたとき私にできることは、卒業までとにかく寄り添い、伴走すること。
解決できない問題を抱えたまま卒業する学生にはこんな風に伝えることも…。
最後の面接で―、
「とにかくこれからの人生どんな時も諦めないで、自分を大切に毎日を送っていってほしい。良い出会いがあることを祈っているよ。」
言葉に思いを精一杯込めて送り出します。
普段と変わらぬ様子で、背中で私の言葉を聞いて出て行った○くん、がんばれ!
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すっかり更新が滞ってしまい、失礼しました。
書きかけのエントリーが幾つかあったのですが、時間が経つとなぜかそれを手直ししてアップしようという気にはならなくなっています。また新たな気分で書きたいと思ってしまうので…。
と言うわけで、書きためておいてそれを順番にアップさせるというわけにもいかず、書きたいときに書くという気まぐれスタイルなので、更新の間が開くことになったりしますが、どうかご容赦くださいませ。
そして、あきらめずに(^^;ときどき覗いてみてくださいね。
。。。。。
先日の手塩研で、参加された先生のお一人が「『分かち合い』を授業で使っています」と言ってくださり、とても嬉しく思いました。
セレニティのセミナーでは「分かち合い」という方法で自分の思いや気持を語ることがあります。セミナーの始まりと終わりに「分かち合い」を入れると、場が共感的になって、一人ひとりが穏やかなエネルギーになることができます。
教室で先生が子ども達一人ひとりの声にゆっくり耳を傾けることができない場合でも、グループの友達同士で「分かち合い」をやると、クラスを良い雰囲気で授業に持って行くことができるのだそうです。
「分かち合い」をやると、一人ひとりの気持ちがみんなに受けとめられて、ありのままの自分でいて良いのだと安心でき、個人個人が大事にされるからなのだろうと思います。
分かち合いでやることといえば、ただ自分のことを「私メッセージ(わたしは・・・です)」で語る、それだけです。聴く方は、途中でも終わってからでも口を挟まない、ただ聴くだけです。一人ひとり順番に語っていき、他の人はただ聴くだけです。
「なあんだ、そんなことか」と思われるかもしれませんが、<聴く効果><語る効果>は絶大ですよ。
殊に、「ただ聴く」という行為がこれほど意味のあることなのか!
と驚きます。
同時に、こんなに難しいものなのか!とも。
なぜかというと、ついひとこと質問や感想を言いたくなってしまうのが私たちの日常会話ですから…。黙って聞くのはとても難しいのです。
口を挟まずに、最後まで聞いてもらえる。…とにかく、この体験は貴重です。
コミュニケーションの基本なのだろうなあと、今ではつくづく思います。←このことに、母親になりたての頃に気づいていれば、もっとよく子どもの話が聴けたのに、とも。←深く反省 (- -)
ということで、この教訓(?)を、おばあちゃん世代として次の世代に生かせたらなあと、若いパパママと赤ちゃんを目にするたび、思っているこの頃です。
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少々遅まきながら…
明けましておめでとうございます。
今年のセレニティの活動は、昨日の手塩研で幕を開けました。
手塩研は「手塩にかけて教材作り・授業作りトレーニング研修会」と言います。小学校の先生対象の研修会です。こちらの報告は近いうちに、イベントのページに掲載いたしますので、よろしかったらお読み下さいね。
大学の相談室の方も今日からスタート。日数的にはわずか二週間の冬休みですが、年が改まるとやはり気持も引き締まります。久しぶりに出かけた大学は、すがすがしく、チョッピリ緊張感もあって新鮮な感じでした。
学生さん達にとっては、これからが試験と卒論の提出で緊張の一時期でもあります。進級・卒業・復学と、一人ひとり、それぞれの状況をクリアして次のステップへ進めるよう、カウンセラーとしても精一杯応援したいと思っています。
もちろんセレニティの活動も、伸び伸び、楽しく力を入れていきますよ。
ということで、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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あと数時間で新しい年がやってきます。
皆さまはどんな大晦日をお過ごしですか。
今年もいろいろなことがありました。
来年はどんな年になるのでしょうか。
新しい手帳とカレンダーを前に、明日からの一年に思いを巡らせています。
その時その時を大切に、与えられた出会いやチャンスに感謝してすごせたらと思います。
ワクワクドキドキの好奇心、いきいきエネルギーも忘れずに。楽しい時間は絶対必要ですね、どんなときも。
と、あれこれ欲張ってしまいそうな一年の締めくくりですが、この十分の一でも実行できますように…(と早くも腰が引けている大晦日)。
ともあれ新しい年がやってきます!
A Happy New Year!!
(↑ここだけ年が明けてからお読みください)
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