セレニティカウンセリングルーム

関連するコトバ 『 アサーション 』

ロールプレイ

毎度のご無沙汰で失礼いたしておりました。
ときどき訪れてくださっていた方、すみませんでした。

決してサボっていたというわけではないのですが、書きたいことがあるときには時間の余裕のないときが多く、時間ができたときには書きたかったことを忘れている、なんていうことを繰り返しておりました。

それに時間が経つと、しばらく前に書きたいと思ったその題材では、気の抜けたサイダーみたいな気がして、モチベーションが上がらないというときもあったりしました。

・・・・とグダグダ言っておりますが、・・・単なる言い訳です。

さて、今日はアサーション・トレーニングについて少し書いてみたいと思います。アサーション・トレーニング一般ではなく、セレニティでやっているワークショップについてです。

アサーション・トレーニングは「トレーニング」と言うからには、きっと繰り返し繰り返し小難しいことをやっているのだろうなと思われるかもしれません。が、決してそんなことはないんですよ。

ロールプレイを中心に、体験重視。毎回、和気あいあいとトレーニングしています。時には、役者顔負けの真に迫るロールプレイをやってくださる方がいたりし て、爆笑しつつ進行することもあります。そんな時は、私は流れに任せて、見守る立場です。いろいろな指示を必要としなくても、とってもうまくワークの流れ ができていきます。

それはロールプレイをやってくださる参加者の方が、うまい演技をしようと思うからそうなるのではなく、その場面設定に合わせ、ご自分の真実の気持ちで役に なりきるために、自然に良い流れが作られるのだと思います。作為がないというのでしょうか。うまくやってやろうではなく、気持ちを入れて役割にあてはめてみたら、結果として役にピッタリなりきっていたというわけです。

アサーション・トレーニングではある役割を演じてみたとき(役のポジションに入ってみたとき)の、そこでの自分の感じ方、気持ちに注目します。たとえば、 いつものように言ってみたときに、相手の人がどんな気持ちになるか、自分はどういう気持ちで言っているかなどに焦点を当てて見ていきます。

いわゆる演技ではないので、うまいヘタは関係ありません。自分の気持ちに気づき、相手の人が感じをつかめればよいのです。

そうは言っても面白いもので、気持ちが入ると人は自然にそれにふさわしい振る舞いをしてしまうもののようです。皆さん、それぞれ個性豊かにロールプレイを やってくださるので、毎回本当に感心してしまいます。バリエーション豊かな表現が出てきて、お互いのフィードバックも活発になります。

楽しい笑いが起きて、温かい雰囲気に包まれるのも、きっとワークショップの魅力の一つですね。毎回、それを味わわせてもらっている私は、本当に幸せ者だなあと思っています。

うれしい拙著への感想

あれよあれよという間に、季節はいつしか初夏に…。

数ヶ月前の出来事や事件さえ、もうずっと昔のことと思われるくらい目まぐるしい日常です。「おっとっと、これではいけない」と、たまには瞑想のまねごとをしたり、ストレッチしながら深呼吸して、自分の内側に目を向けるようにしています。

ほんのわずかでも、普段の生活にそうした時間を忘れずに取り入れるようにしたいなあと思ってはいるのですが…、ついつい…。

ところで、先日、嬉しいことが……。昨年9月に刊行された拙著「きとんと『自分の気持ちが言える子』に」に対して、とても嬉しいコメントをいただきました。「求めていた本にめぐりあえた」と言っていただけることは、著者として何より嬉しいことです。

執筆の意図をきちんと受けとめて読んでもらえたときは、やはり格別です。「内容が深い」「実例が豊富でわかりやすい」「いろいろと気づくことができた」こんなふうに読みとっていただけて本当に嬉しく思います。少しでもお役に立てたんだなあって思えて…。

そうそう、先日からジタバタしていた原稿のほうも、この週末やっと編集の方にバトンタッチできました。

「月刊教育相談7月号」(6月13日発売)ほんの森出版

「アサーション」とクラスづくりの特集号だそうです。「先生が保護者会でアサーションをどう伝えるか」が私に与えられたテーマでした。

もし興味がおありでしたら読んでみて下さいね。また、出版社のサイトにアクセスして、大本の保護者会配布プリントをファイルで送って頂くこともできるそうです。ご活用ください。

化粧とカップラーメン…香りの誘惑

前回「ビパサナ」という瞑想について書きました。ブッダが考案した呼吸に注目する、とても簡単な瞑想法です。

目を閉じて、吐く息・吸う息に注目すればよいので、どこでもできます。

で、ある時、電車に乗っているときに試みることにしました。その日の車内はほぼ座席が埋まるくらいの混み具合で、混雑していると言うほどでもありません。当然、乗客の話し声もしますし、電車の機械音や外の音も耳に入ってきます。

でも、それらの音は車内全体の音として聞こえてはいても、目をつむって呼吸に注目すれば、そんなに意識の妨げにはならないように思いました。

私は座席に座って、電車の揺れと、適度な騒音に身を任せながら目を閉じました。
そして呼吸に注目します。
呼吸が、ゆっくりと気持ちを落ち着かせるリズムのように感じられ始めたちょうどその時、ツーンと鼻腔を刺激する匂いが漂ってきました。

きつい香水のような匂いです。

目を開けると、隣りに座った若い女性が化粧道具を取り出しています。そして、今まさに目のお化粧に取りかかろうとしているところでした。

この時わかったこと。
騒音は意識から遮断することはできても、匂いは無理だということです。化粧品の強い香りは気持ちを集中しようとしても、何の遠慮もなくこちらの意識を刺激してきます。

匂い・香り、これらは音よりももっとダイレクトに感知されてしまうのだと気づきました。それだけに、うまく使えば効果的だけれど、逆にマイナスに働くと、ある意味暴力的なくらいに相手に不快感を与える場合もあるかもしれないなあと…。

そういえば、帰宅途中の中学生(高校?)男子の一団が、車内でスナックやハンバーガーを食べる場面に出会うこともあるのですが、その時の匂いもけっこう強烈です。この間などカップラーメンです!

電車内がラーメンの匂いで一杯。
育ち盛り、伸び盛りだからお腹のすくのは分かるんですけど…。

こんなふうに、車内が化粧室や食堂になるのはどうなのでしょう?公共の乗り物でのマナーという意味で。

そんな疑問を持ちながら、注意するべきか否かで迷ったり、悩んだりするそんな自分にも歯がゆい。

ヘッドフォンの音漏れなら、指摘して音量を下げてもらうけれど、こういう場合はどうなのだ?アサーション・トレーニングだったらどうなるか?………などなど。
悩みます!

ビパサナどころではなくなってしまったのでした。

秋の香りとアサーション

っと言っても、「松茸」ではありません。

窓を開けるとキンモクセイの香りが飛び込んできます。どこからくるのかな?周りにはそれらしい木はないんですが…。

こうしたちょっとした季節の変化に触れられるのはうれしいですね。やっぱり四季の変化があるのはいいものです。
。。。。。

秋から冬へ、講演の機会を二ついただいています。11月は神奈川で、12月は東京で。どちらも学校の先生を中心としたアサーション・トレーニングをベースにしたワークショップです。

先生方と、子ども達や親御さんとのコミュニケーション。それぞれの現場でのご苦労をいろいろ伺うと、マスコミが伝えるような一面的なとらえ方はできなくなります。

「教師の質が云々」「モンスターペアレントが~」「子ども達が変わったから~」などなど、いろいろ言われます。でも、誰かを悪者にしなければならない見方では、根本的に解決していかない気がします。

たとえ、そうした事実があるにしても、一人ひとりが一生懸命とりくんでいることに、ちゃんと真正面から向き合えば、お互いの回路はつながるはず。誰だって、悪い方向へ行かせようと思ってやっている人はいないはずですから。

アサーション・トレーニングがそのための回路を造る一手段として、お手伝いできればいいなあと思います。

そして人と人、同じ時間を過ごすなら、楽しくやりたいものです。楽しく学んだほうがよく身につくと言いますもの。

ということで、
新鮮な気持ちで、ちょっとワクワクしながら(もちろん緊張もしているんですが)、出会いを楽しみながら出かけることにしています。

でも、教育予算って少ないんだなあってしみじみ思います。限られた予算の中で研修を企画する方は大変。とっても恐縮されて報酬の話をされます。私もつい、少しでも役に立てればとお引き受けします。
本当はちゃんと国が教育に予算をつけなくてはいけません。

図書館に購入希望を

先日、拙著「『きちんと自分の気持ちが言える子』に」のご案内メールを差し上げたところ、ある方から嬉しいお返事をいただきました。

その方はすでに定年退職されて何年にもなられるので、直接お子さんに関わることは少ないとのことですが、お嫁さんに贈るためにと購入してくださったそうです。こんなふうに、直接ご自身が読まれるわけではないのに、周りの人に薦めたり、贈ってくださったりしていて、本当にありがたいことと思いました。

また、お近くの図書館に購入希望を申請していただけますと、より多くの方に読んでいただけるので、図書館に足を運ばれることがありましたら、お時間のあるときに、どうぞよろしくお願いいたします。
「きちんと『自分の気持ちが言える子』に」