何人かの方から「セレニティ通信」の原稿を頂いたのが一ヶ月も前のこと。5月発行の予定が6月にずれ込み、6月もすでに半ばになってしまいました。忙しい中で、急いで書いて送ってくださった方には、ホントにすみません。
もう後少しです。
今、いろいろなことが同時進行なので、あっちをやり、こっちをやり、とやっていまして…、というのは苦しい言い訳ですね。
インターネットの時代ですが、やっぱり紙媒体もあるといいなあと思っています。いつでもパラパラとひっくり返して読めるし、ネットでは伝わってこない温度のようなものも感じられて…。と勝手な思い入れで、紙の通信発行にこだわっています。
それに誰もがインターネットを使う環境にあるわけではないので、たとえ年に何回かでも、紙の「通信」を通してお便りできたらいいなと思っています。
エ?
だったら、サッサとやりなさい?
ハ、ハイ、たしかに…。 ……………すみません。
いそぎまーす。
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先週は軽井沢へ行ってきました。アサーション・トレーニングの一日ワークショップです。保育士さん達を対象にした連続講座のうちの一日でした。全国から集まったさまざまな年代の保育現場の方達80名弱。皆さんがとても真摯な姿勢で意欲的に学んでくださいました。そして事務局の方々とともに、園長先生たちが、スタッフとして一緒に活動しておられるのにも感銘を受けました。
園長先生だからって偉そうにしていらっしゃるわけではないんです。むしろ進行のサポート役として、マイクを持って動いたり、司会をしてくださるのが園長先生たちなのです。とっても気さくで温かい雰囲気に、こういう園長先生と保育士さんたちの働く保育園だったら、私が母親なら安心して子ども達をお願いできそうだなあと思いました。
事実、ある園長先生の保育園では、妊婦さん(&産後間もないお母さん)が20人もいらっしゃるとか!この少子化と言われる時代にすごいベビーブームですねえ。やっぱり、安心して産める環境さえ整えば、そして幸せそうな親子の笑顔が次から次へと増えていけば、自然に子どもがほしいなあという空気が生まれてくるのでしょうね。
実際、どんな保育園なのでしょう?妊婦さんが20人の保育園、ちょっと見てみたい気がしました。
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先週の土曜日はアサーション・トレーニングでした。毎回、少人数制で、参加者個々の体験に基づいた事例をとりあげさせていただきます。それだけにどんな事例が飛び出すか、すべてライブの緊張感があります。終わって皆さんが笑顔だと、やっとホッとできます。
また、数時間のトレーニングが終わる頃には、それぞれの個性がいきいきと輝き出すのが何ともたまらない魅力です。それは単に、言いたいことがうまく伝えられるようになっていくというスキルの問題だけではないような気がします。
自分が自分でいられる、そのことが私たちにとってどれだけ自然で安定した状態であるかということを、毎回、改めて学ばされるのです。
アサーション・トレーニングの終了後は、会場の中に自然で快活な雰囲気が満ちています。何とも言えない良い雰囲気なんです。・・・って、自画自賛みたいになってしまいますが、これは、自己表現できると、誰もが本来のいきいきとしたエネルギーを取り戻すことによって起こってくる、ごく自然な状態なのであって、決して私が何かをしたからということでも何でもないのです。自然に、当たり前に、誰もが自分自身でいられる、その心地よさです。これからももっともっとプログラムを充実させて、一人でも多くの方にこの価値ある体験を味わっていただけるようにと思っています。
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私は週に二回、大学の学生相談室で相談員をお引き受けしています。
最近つくづく思うことは、学生達は大なり小なり、大学に来るまでに、人間関係やら社会の軋轢やらでずいぶん傷ついて来ているんだなあということです。
自分に自信がなかったり、対人関係にとまどっている学生達も多いです。優しくて真面目な人が多いのです。そして誰もが、当たり前のことですが、自分の人生をどう歩んでいこうかと真剣に悩んでいます。「いまどきの若者は…」とマイナスイメージで一括りにされてしまいがちですが、ちゃんと話を聴いてみると、それぞれにそうならざるを得ない理由があるのも確かです。
一見、何ごともなく、気楽に学生生活を送っているように見える学生達が、話を聴いてみると実は深刻な悩みを抱えていたりします。それらは主にコミュニケーションの問題なので、表れ方はさまざまですが、形を変えて大なり小なり、多くの学生達に共通する課題となっているのだろうなあと想像します。
よく事件があると「普通の中学生がキレた」みたいな言い方がされますが、おとなが「普通」だと思って見過ごしている一人ひとりの中に、深刻な悩みが潜んでいるのが現実でしょう。第一「普通」って何でしょうか?「普通」という言葉でくくってしまうと見えなくなる一人ひとり。そこにこそ、おとなが目を向けなくてはいけない部分ではないでしょうか。そのことを子どもや若者達が身体を張って訴えているのかもしれません。
それらの問題は10代後半から20代といった、子ども時代の総仕上げともいえる時期に噴出してきます。大学はちょうどその時期に当たりますし、。そして大学の場合なら、それは社会に出る前の最後のチャンスかもしれません。そう考えると、学生相談室の責任は重大で、その責任の重さに、一瞬たじろいでしまうほどです。
が、そうも言っていられません。たとえ学生相談でのカウンセリングが、手術に対するバンソウコウや包帯くらいの役目しかなかったとしても、包帯を巻きに行かないわけにはいきません。たとえ一時の包帯でも、それがあることで苦境から脱出できる学生達がいるのならね。
だって若い人たちの生命力はすごいのです。ひとたび気づくとグングン元気になっていきますから…。こちらも励まされます。
君の人生、好きなように生きていいんだよ。やりたいことをやってみたら。とオバサンがハッパを掛けると、彼らの目がキラキラとし始めます。本当に純粋なんです、みんな!それが「バンソウコウ」を貼る私の、原動力になっているのも確かなようです。
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今日は、以前に学校の先生から頂いたお便りを抜粋してご紹介します。今読み返しても、あるいは今だからこそいろいろ気づかされることも多いように思います。
実は数年前に私は、アンケートのような形で何人かの先生にご意見を伺ったことがあります。今思えば、一言では答えにくいこんな質問をよくもお送りしたものだと我ながら恐縮してしまうのですが、その時頂いたお返事の一部です。
(「子どもの人権」をもっと教育に取り込むことはできないかと伺ったところ・・・。以下、お返事のメールから抜粋)
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かつての同和教育から一歩進めて「人権教育」をしようという流れが現勤務校にもあるのですが、果たして教師がどの程度人権について理解しているか疑問です。
今の学校では「子どもの権利条約」は学校教育とは相容れないものだと豪語している輩もいますし、先日地元に「子どもの権利を守るネット」みたいのが生まれた際も、「退学者も人権侵害を訴えてそういう相談機関に相談に行く可能性があるから学校は気をつけないといけない」とか言ったりして(ちなみに彼は生徒指導主任です)まったく???です。生徒の方がよっぽど健康な人権感覚をもっています!
日々いろんな先生たちとの感覚のずれを感じ孤立感を感じていますが、アメリカ人のAET(英語指導助手)だけは私の疑問とか不満を理解してくれて助かっています。
それに、生徒たちが何より私を支援してくれるのがありがたいです。授業の方も、まだまだだけれど、「勉強が楽しくなった」と休み中に勉強するからと放課後プリントをもらいに来る生徒もいたりしてほんとにありがたいです。まだまだ道は長いけれど、自分を信じてやっていくしかありません。
なんだかまとまりませんが、今日はこのへんで。
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(お返事ここまで)
子ども達に寄り添い、教育の本質に沿って日々励んでいらっしゃるこうした先生達がおられればこそ、毎日の学校は廻っていくのだとつくづく思います。
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